【映画感想】路上のソリスト ☆☆☆1/2

(あらすじ)経営悪化で次々に記者が解雇されているロサンゼルス・タイムズ紙。コラムニストであるスティーブ・ロペス(ロバート・ダウニー・ジュニア)は、コラムのネタに悩んでいる時、バイオリンで素晴らしい曲を奏でているホームレスの男、ナサニエル(ジェイミー・フォックス)に出会う。彼が名門ジュリアード音楽院の出身と知ったロペスは、彼のことをコラムに書き、反響を呼ぶが…

この映画は…うーん、難しい。面白いのだけど、難しい。どうしたもんかね(笑)。

一言でいえば、「人が人を助けることの難しさ」を描いた映画なのですが…その「難しさ」を把握すること自体が、難しいのです。

感想を書くのも難しいので、私にとってはこういう場合最も書きやすいやり方…つまり、箇条書きで堅苦しく理屈をこねる、というパターンでゆきたいと思います(笑)。

ロペスがナサニエルを助けることの難しさには、次の4つの側面があります。

(1) 記者としての、取材対象とのかかわり方の問題。社会問題を提起するために個人のことを書く場合、どこまでが「ジャーナリストとしての使命」で、どこからが「自分の利益のために人を利用する」ことになるのか。記者と取材対象が個人的関係を築くのは良いことか。関連して、売るためにはなりふりかまっていられないところまで追い込まれている新聞社の危機。(このへんは「消されたヘッドライン」と共通する。)

(2) 統合失調症、または病気一般の問題。本人が診断・治療を望まない場合、「本人のためになる」からといって強引にでも治療を受けさせることが正しいかのか、治療を受けさせないで「放っておく」ことが正しいのか、という倫理的問題。

(3) もっと普遍的な意味での、人が人を助けることの難しさ。どちらかがどちらかを一方的に助けている形になる場合の、助ける側の思い込みと思い上がり、助けられる側の屈辱感。友情が成立することの難しさ。

(4) ロスアンゼルスの社会問題としてのホームレス問題。人種間・地域間の貧富の差。カリフォルニアの財政的な問題。

この映画が、見かたによっては焦点がぼやけているようにも思えるのは、この4つの要素の全部にちょっとづつ触れながら、どれかに徹底して踏み込むことをしていないからです。

最初は(1)の問題を主に描いているようなのですが、記者とナサニエルの関係が展開するうち、問題になってくるのは主に(2)。ロペスが元妻の編集長(キャサリーン・キーナー)に批難されるあたりで(1)に戻ったかと思うと、結論として提示される問題は(3)のようであり…でも、ラストシーンではいきなり、この映画のテーマが(4)であったかのような印象の締めになる。はっきりいって、見ていてフラストレーションがたまるところもあります。

でも、よく考えてみれば、それは必ずしも映画としての欠点ではないのかな、と思ったのです。この焦点ぼやけ方、このフラストレーションこそが、まさに現実の問題の難しさを表しているような気がするからです。現実には、困難な問題というのはいろんな要素が絡み合っていて、ピンボールモグラ叩きのように、あっちに目処がついたら別方面から問題が出てきたり、ようやく「原因はこれだ!」と見定めたと思ったら翌日にはひっくりかえされる…という繰り返しが延々と続くのですから。

映画の中で安易な解決をつけることはもちろん、4つの中のどれかの要素に焦点をしぼってしまうだけでも、「ウソ」になってしまう。

職業が記者でなく、身近な人の病気をめぐるジレンマも経験がなく、ロサンゼルスに住んでいるわけでもない観客は、普遍的な(3)の部分にだけ注目して、「そうね、人が人を救うって難しいことよね、助けてやるって思い上がるんじゃなくて、友達になることが大事なのよね!」という安易な結論に達しがちだと思うのですが…それはちょっと違う気がするのです。

ロペスが記者であること、ナサニエルが未診断の(おそらく)統合失調症であること、ロサンゼルスのホームレスは大きな社会問題であること、という独自要素を無視して、いきなり普遍的になっちゃうのは違うような気がするのです。同じロサンゼルスを舞台にして社会問題を扱っていても、「クラッシュ」と違ってこれは寓話ではないのだから。

どんな話でも、まずそれ独自の背景において理解してからでないと、普遍性もでてこないと思うのです。

この映画は、社会派ドラマ、人間ドラマでありながら、安易に教訓を引き出されることを頑なに拒んでいるようなところがあって、ある意味ロペスにとってのナサニエルのような、難しさを感じさせるのです。でも、そこが面白いとも言えるかもしれない。

ま、とりあえず、ロバート・ダウニー・ジュニアの演技を見るだけでもお薦めです。ますます、いいですね彼は。ジェイミー・フォックスの役に比べると、わかりやすく演技派な役じゃないんですけど、どこにも極端なところのない、感情の起伏もとりたてて大きくない、ごく普通の人間を実に繊細に演じています。

この間思い出したのですけど、ラッセル・クロウが「マスター・アンド・コマンダー」の時のインタビューで、インタビュアーに「現代の俳優は昔より質が落ちていると思うか」みたいな質問をされて、ちょっと気を悪くしたように、彼が「過去の誰にもひけをとらない」と思っている俳優の名前を挙げていたのですが、それがダニエル・デイ・ルイスショーン・ペン、ロバート・ダウニー・ジュニアの3人だったのです。

ダニエルはともかく、ショーン・ペンとロバート・ダウニー・ジュニアは、その時点では必ずしも「現代の代表的名優」みたいに言われていたわけじゃなかったのですが...その後の活躍ぶりを見ると、さすがラッセルは見る目があるんだなあ、と思います。

天才は天才を知るってやつでしょうか。