「リトル・マーメイド」の「Part of Your World」が好きなわけ

ブロードウェイ・ミュージカルとはほぼ関係ないけど、ついでに書いてしまう。

今から17年前のこと。1992年のアカデミー賞授賞式は、私が初めてテレビで見たアカデミー賞授賞式でした。その時「美女と野獣」の歌が3曲主題歌賞の候補になっていて、受賞したのはその3曲のうちのひとつ、「美女と野獣(Beauty and the Beast)」でした。

主題歌賞は作曲者と作詞者に授与されます。この曲の作曲はアラン・メンケン、作詞はハワード・アシュマン。でも、ハワード・アシュマンさんはそのとき既に亡くなっていました。彼の代わりにオスカーを受け取るためにアラン・メンケンとともにステージに登ったのは、彼のパートナーだった男性でした。彼はゲイだったのです。

今では、特に驚くこともないことですが…こういう大きな舞台で、ゲイの人のパートナーがそれをはっきりオープンにして、故人の代理として堂々とスピーチするというのを見たのは、私にとってはその時が初めてでした。なんか、すごく感動したのを憶えています。

ちなみに、この間初めて知ったのですが、世界精神医学会が「ホモセクシャル」を「精神疾患」のリストから外したのは(つまり、病気ではないと宣言したのは)、まさにこの1992年だったそうです。そんなに最近だったんか!とびっくりしたのですが。

さて、「リトル・マーメイド」も「美女と野獣」と同じく、アラン・メンケン&ハワード・アシュマンの作品です。

「リトル・マーメイド」の名曲「Part fo Your World」は、言ってみれば、外国の文化に憧れる女の子、あるいは田舎に住んでいて都会に憧れる女の子の歌です。親や大人や男性たちから「外国は悪い、都会は怖い、自分の生まれ育った世界に適応して生きなさい、それがあなたにとって一番いいことなのだから」と言われている若い女性の歌。

あ、題名が「Part of YOUR World」なので誤解されるかもしれませんが、アリエルがこの歌を歌うのは王子様と出会う前。恋をしたから、あなたの世界の一部になりたい、という歌じゃないのです。むしろ逆に陸上の人間世界に憧れていたからこそ、その象徴として現れた王子様に恋をしたという…まあ少なくとも、きっかけはそういうことで。

私、アリエルが沈没船や船の落し物から集めた人間文化のガラクタを宝物にしていて、「お父様の言ってることはわからない、どうしてこんなに素晴らしいものを作り出す世界が、悪いはずがあるの?」とつぶやいているのを聞くと、いつもため息が出るんですよね。

私も、物心ついた時から外国の文化が好きで…そりゃ、今の日本で、外国は悪いとか外国文化は堕落しているとか言う人はいませんがね。それでも、「どうせ理解もできずに憧れているだけだろう、日本人なんだから理解できているはずはないのに、日本人は日本文化の方が好きな筈だ、『アメリカンジョーク』で笑えるなんていうのは嘘だ、単なる見栄張りだ、歪んだ憧れだ、卑屈だ、人種差別だ」…というようなことは、常に言われてきたので。

「私が『本当は』何が好きか、何を理解していて何を理解していないかなんて、『同じ日本人だから』ってだけでどうしてあんたに分かるの?私が今までに何を見て何を読んできたかも知らないくせに。理解も好みも自分で形作るもので、生まれつき血の中に流れているわけじゃない。好きなものは好きなんだから放っといて!」…と、言えるようになったのは実は最近のことで、10年ぐらい前までは私も、「日本人なのにおかしい、分かるはずない」と言われると、「そうなのかなあ」と、ちょっとは思っていたのです。

ま、私の話はこれぐらいにして。

ハワード・アシュマンさんは1950年、ボルチモアの生まれです。彼が思春期を過ごした1960年代のボルチモアが保守的な雰囲気だったのは、「ヘアスプレー」を見た人ならご存知の通り。黒人に対してすらあれですから、ましてやゲイにとっては…思春期のアシュマンさんが、本当の自分と、まわりから「あんたはこうであるはずだ、こうでなきゃおかしい」と言われる自分との違いに悩んでいたことは想像にかたくないのです。

そういうことを考えると、アリエルが切々と歌う「陸の上の世界では、きっとわかってくれる人がいる…」という歌詞には、特別の意味が感じられるのでした。

一方で、「リトル・マーメイド」のもうひとつの名曲「Under The Sea」は、「ヨソに憧れてないで、自分の身近な世界をよく見てご覧よ、素晴らしいよ」という歌で…それはそれで悪くないのですが、こういう歌詞もあるんですよね。

♪海の底では、海の底では、誰もあんたを叩き潰して、油で揚げて、フリカッセで食べたりはしない…

つまり、「故郷が安全だからここにいなさい、都会(外国)になんて行ったら、あんたなんてとって食われるよ」と、若い女性に警告している歌なんですよね。楽しいリズムとユーモラスな歌い方に隠れて、実はけっこう怖い歌なんです(笑)。

「Part of Your World」と「Under the Sea」という、相反する二つの歌を作詞したアシュマンさん、その歌詞には彼のどんな思いがこめられていたのか…まあ、単なる深読みなんですけどね。

アシュマンさんは24歳でニューヨークに出てきて、早くからゲイに対する偏見が少なかったショービジネス界で働いて成功を収めることができ、パートナーにも恵まれて…でも、40歳の若さでエイズで亡くなっています。

その数年後、アシュマン氏の遺作となった「アラジン」を見たとき、エンドクレジットの最後にあった「ハワード・アシュマンに捧ぐ 人魚姫に声を与え、野獣に魂を与えた彼に、われわれは永遠に感謝します。」という献辞にも、すごく感動したのでした。