【映画感想】ソーシャル・ネットワーク ☆☆☆☆

はじめに:わたしFacebook使ってません。実在のマーク・ザッカーバーグがどういう人かも知りません。これから書くことは、あくまで映画のキャラとしてのザッカーバーグ、映画のストーリーの中の象徴物としてのFacebookのことです。

前からそうじゃないかと感じていたことだけど、この映画で「やっぱり、そうなのかな」と思ったことがある。それは-

よく、当然のように「アメリカ的な拝金主義」とかいう言葉を使う人がいるけど、アメリカは本当に「拝金主義」なのか?アメリカの「成功至上主義」と「拝金主義」は、似ているようで全然違うんじゃないか...ということだ。

Facebookが凄い勢いで広がってゆき、ここで広告を出したら大儲けできるという局面での、ザッカーバーグの金へのあまりの関心のなさは、およそ野心的とも強欲ともいえない私でも「え、もったいない!」と思ったほど。

金じゃない。とすると、彼を突き動かしているものは何なのか。

ぶっちゃけて言えば、「女にモテたい」という気持ち?この映画は、「要はそういうことなんだよ」という描き方をしているようにも思える。でも、それは一部にはあるとしても、そういう単純なことでもない気がする。

「女にモテたい」「好きな女の子に、自分は大した奴だと思われたい」-たしかに、それは大いにあるんだけど、それだけじゃない。(だいたい、ザッカーバーグは成功した後もあんまりモテてないし、そのことに普通以上に拘っている様子もない。)

思うに、ザッカーバーグくん、高校時代はモテなかったんじゃないかなあ。いや、「モテない」だけじゃなくて、いわゆるアメリカの高校の序列(カースト)では、最低ランクに属していたんじゃないかと。成績良くても、関係ないっぽいものねアレは。

で、彼はハーバード大に入り、学内でも最優秀の学生になるのだけど...大学においても、別の「承認のシステム」があり、その序列でも自分はあまり高いところにゆけていない(高校よりマシとはいえ)ことに気づく。

というわけで、彼はテストで良い点を取るだけではなく、なにか注目を集めるようなことをやって、そういう序列を駆け上りたいと考える。具体的には、大統領などを輩出している学内のクラブに入会することだ。

しかし...女の子にフラれて、酔った勢いの思いつきから作ったソフトで、わずか数時間で何万ものアクセスを集めハーバードのネットワークをクラッシュさせた彼は、気づくのだ...既存の排他的序列を這い登ってゆくことなんかない。自分はもっと「クール」だと。

(あかん時間切れ。つづきは明日。)