【映画感想】インセプション ☆☆☆☆ 

「今あなたが見ている世界は、現実のものではないかもしれない-」

当ったり前のことである。映画の観客にとっては。

スクリーンに映る影は、もちろん現実ではないし、映像と音だけで、匂いも感触もない。なのに、我々はそれを心の中で一時「棚上げ」して、映画の中の出来事にハラハラドキドキしたり感動したりできるという脳の機能を持っている。

そう、この映画に出てくる「夢」は、映画のメタファーであり、この映画全体が映画のメタファーであり、いやそもそも映画というものが夢のメタファーでもあり...自分で書いていてもわけわかんなんくなってきたけど、とにかく何重にもメタメタなのです。

「夢を共有することができ、他人の夢に、背景やモノや人物を勝手に入れ込む(『投影』する)ことができる。」こんな大胆なお約束を、「ばかばかしい、そんなことあるわけないやろ」と言わずに受け入れ、そのお約束(「世界観」ともいう)の中で物語に入りこむことができる。これを「Leap of Faith(信用の跳躍、疑問の棚上げ)」と言う。

作り手のLeap(跳躍)が大きければ大きいほど、観客の方にも想像力が要求される。でもまあ、大きく跳べばそれでいいってわけではなくて、中には大きいばっかりで不格好で無理やりで、うっかり信じて跳んだら脚でも折りそう、ってのもある。

この映画のLeapはとてつもなく大きく、緻密に計算され、鮮やかに美しい。予告編にも出てくる、パリの街が折りたたまれるシーンが、その「大胆にして緻密」の象徴だ。

頭脳の力でパリの街を折りたたんでいるのは、「ジュノ」「ローラーガールズ・ダイアリー」のエレン・ペイジ演じる若き天才のアリアドネ。ヒーローを迷宮から導き出す神話のヒロインの名を持っているのは、もちろん偶然ではない。

映画における時間の流れは基本的に自由で、80分の映画で100年を描いてもいいし、2時間の映画で1時間を描いてもいい。ただ、普通の映画並みと違う時間の流れの映画は、脚本・演出は難しいだろう。

メメント」では、「現在から過去にさかのぼる」という、まったく普通でない時間の流れの演出をやってのけたクリストファー・ノーランであるが、今回はなんと、「それぞれ時間のスピードが違う5階層に分かれた世界を同時進行で描く」という離れ業に挑戦している。

ノーラン監督が偉いのはまず、「メメント」も「インセプション」も、どちらも単なる演出上の実験ではなく、ストーリーとテーマからの必然性があるということだ。「もし、こういう立場の登場人物(たち)がいたら、世界はこんなふうにも見える...かもしれない」ということを視覚的に再現して見せる。ある意味、映画と言うものの本質がここにある。

次に偉いのは、どちらの映画でも、こういうムチャに挑んで、ちゃんと成功していることだ。あ、いや、もちろんわかりやすくはないよ。「わけわからん!」という文句を言う人がいても、そりゃまったく正当な文句だと思う。

でも、これが好きでも嫌いでも、映画を見ることが好きな人なら、この映画を見ないでおくってのは、なんというか、あり得ないと思う。それも、これは絶対に映画館の大スクリーンで見るべきだ。