ハイチと悪魔たち(先々週のThe Daily Show 1/11週-1)

大ニュースであっても、「The Daily Show」がほとんど扱わないニュースがあります。

ここ数年間で、連日アメリカの新聞・TVのトップニュースに登場していたのにデイリーショーではほとんど扱わなかったニュースには、2007年のミネソタ州の橋の崩落事故、バージニア工科大学の銃乱射事件があります。最近ではフォート・フット陸軍基地の銃撃事件も、1度だけ、間接的な形で扱われただけでした。

まあ要するに、どう扱っても笑えない、被害者の人たちに失礼になってしまうようなニュースというのは、やり過ごすしかないのですね。

でも、悲惨なニュース、シャレにならない深刻なニュースはすべて扱えないかというと、そんなことはない。ハリケーンカトリーナの時は、ブッシュ政権の対応のまずさが散々ネタにされましたし、イラク戦争グアンタナモの拷問も、ここ数年間の主要ネタでした。

つまり...ネタになるのは、悲惨な出来事そのものではなく、それに対する政府やメディアの対応の悪さなんですね。

前置きが長くなりましたが、要するに言いたかったのは、ハイチ大地震が起こってから数日間は、この大災害は「The Daily Show」では扱われなかった、ということです。それはジョンやスタッフがハイチに関心がないからじゃなくて、どうにもネタにしようがなかったからなのでしょう。アメリカ政府の対応が悪かったり、メディアがバカな報道をしたりすれば別ですが...オバマ政権は援助に頑張っているようですし、TVニュースも、さすがにこの件で不謹慎なことは言っていないようですし。(FOXニュースでさえも。というかFOXは、ハイチの報道が少ないことで批判されているみたいですけど。)

ハイチ地震の翌々日ぐらいには、番組のファンフォーラムでは「一番大きなニュースが扱えないので、ジョンはやりにくそうだ」とか、「誰かがこれについてとんでもなく無神経な発言でもしない限り、デイリーショーでハイチを扱うことはないだろう」とかいう投稿があったものです。

そうしたら...まるでそれに答えるように(笑)、無神経な発言が飛び出しました。まず、アメリカの保守派に絶大な人気を誇る、ウルトラ右派のラジオ・パーソナリティ、ラッシュ・リンボー。次に、キリスト教の南部バプティスト同盟の指導者、有名なテレバンジェリスト(テレビ説教師)のパット・ロバートソン。

The Daily Show with Jon Stewart 2010/1/14 Haiti Earthquake Reactions

ジョン・スチュワート:こんな時、せめてもの救いは、悲劇はすべての人を団結させるってことだ。...まあ、全員ってわけじゃないみたいだけど。(At times like these I guess the only thing you can say that whenever something this horrific happens everyone comes together. Almost everyone.)

ラッシュ・リンボー:(ホワイトハウスのハイチ基金に協力しないように呼びかけた後で)オバマの思う壺だよ。オバマは『人道的』で、『思いやりがある』ってことになっている。政府はこれを、黒人社会での『信頼性』を高めるために利用するだろう。全米の、肌の色の薄い黒人のコミュニティも、肌の色の濃い黒人のコミュニティも...政権にとっては、まさにおあつらえ向きだ。
(This will play right into Obama's hands. He's humanitarian, compassionate. They'll use this to burnish their, shall we say, "credibility" with the black community -- in the both light-skinned and dark-skinned black community in this country. It's made-to-order for them.)

ジョン・スチュワート:あんたの心臓の病気の原因がわかったよ。はじめから心臓(ハート)がないんだ。
(I think I know the cause of your heart trouble: you don't have one)

ラッシュ・リンボーは自分ではハイチに寄付をしているし(彼は大金持ち)、政府と関係ない別の機関には寄付するように呼びかけているから、こういう台詞だけを取り上げてまるで悪魔みたいに言うのは不当な攻撃だ、という声もあります。しかし!これは、そういうことを言っているのじゃないのですよ。こういう、あらゆる方面の人々たちが協力して全力を尽くしてもおっつかないぐらいの悲惨な状況の中で、政敵である党の評判を上げることになるからこれには協力するな、こっちになら協力してよろしい、とか言うのは間違っているってこと。ラッシュ・リンボーは、これでも保守派には人気で、影響力絶大な人なんだし(私にはまったく理解不能だけど)。

もしこの地震ブッシュ政権の時に起きて、ブッシュ大統領ががんばって大援助作戦を展開したとして...それに対して民主党の人が「ブッシュ政権にプラスになるから協力するな」なんて呼びかけたら、やっぱり批難轟々で当然でしょう。

政府の援助にしろ、国連の団体や赤十字NGOにしろ、「あの団体はこういう無駄使いをしているから協力すべきじゃない」とか、「こっちの団体は素晴らしいけど、あっちはこういう魂胆があるからよくない」とか、あんまり言うべきじゃないと思うのよね、特に今は。本当に詐欺をやっているとか、まともに活動できる見込みのない団体というんじゃない限り。

リンボーほどじゃないのですが、普段は真面目で公平な報道番組をやっていて、TVニュースの良心とも呼ばれるリベラル派のレイチェル・マドウも、余計な一言を言ってジョンにつっこまれていました。

(レイチェル・マドウの番組、ハイチ地震の被害の詳細と、アメリカ政府のUSAIDがどのような救援活動を展開しているかを詳しく説明している)

ジョン・スチュワート:すばらしい、アメリカの援助活動に関する、詳しく行き届いた報道だ。

レイチェル・マドウ:...ここが、オバマ政権が前政権とは違うところです。現政府が、ブッシュやチェイニーとは違うやりかたをしている点です。

ジョン・スチュワート:今はそんなこと言ってる時じゃないだろ!(Not the right time!) MSNBC視聴者のみなさん、おめでとう。この悲惨な災害の「正しい側」にいられてよかったね。

レイチェルの一言はラッシュ・リンボーほど悪質なものじゃないので、ジョンも同列に並べたつもりはないと思うけど...レイチェルの一言を入れたことで、「こんな時ぐらい、『どっち側の味方か』っていうのは忘れたら?」というこのセグメントの意図が、よりはっきりしたと思う。(ラッシュ・リンボーが無神経なことを言うのは、まあいつものことですからね。)それなのに、ジョンが「味方」のレイチェルを批判したってことで、ものすごい過剰反応しているレイチェルファンが多くて、またうんざりしたのですけど。(いや、いつものように、そういうフォーラムのコメントをしつこく読んでる暇人な私が悪いのですが。)

さて、悲惨な災害を「政治利用」するとかしないとかいう微妙な話に比べて、キリスト教右派の大物パット・ロバートソンの発言は、もっと単純に無神経で、不謹慎で...とにかくアホ発言です。

ジョン・スチュワート:(ラッシュ・リンボーの話の後)、まあ、こういう悲劇の時に、ラッシュ・リンボーなんかに頼ることはないよね。こういうときこそ、神のしもべに叡智を求める時だ。

パット・ロバートソン:ハイチで昔、ある事があった。人はそれを話したがらない。ハイチ人たちは、悪魔と契約を結んだのだ。(フランスの)王子から自由になることと引き換えに。本当の話だ。それ以来、ハイチの人々はいろいろな呪いを受けているのだ。
(Something happened a long time ago in Haiti and people might not want to talk about it. They got together and swore a pact to the devil. They said we'll serve you if you get us free to the prince. True story but ever since they've been cursed by one thing after the other...)

ジョン:黙れよ、じいさん!(Shut your pie-hole, old man!)

あなたの宗教から、天災に苦しんでいる国の人々を慰めるために引き出せることは山ほどあるのに、よりにもよって...(聖書を出して)ほら、あんたらの本はこんなにデカいんだよ!

「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、魂の砕かれた者を救われる(詩篇34章18節)」「恐れるな。私はあなたとともにいる。たじろぐな、私はあなたの神だから。私はあなたを強め、あなたを助け...(イザヤ書41章10節)」...こんなにあるのに、あんたが選んだ言葉は「自業自得だよ、悪魔と契約した国民!」なの?

「あなたは私を多くの苦しみと悩みとに会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。(詩篇71章20節)「たとえ山々が揺れ、丘が動いても、あなたがたへの私の変わらぬ愛は揺るがず、平和の契約は揺るがない。主は憐れみ深く...(イザヤ書54章10節)」これなんかまるで、ずばり地震のことを言ってるみたいじゃないか!

(Out of all the things you could draw on from your religion to bring comfort to a devastated people and region? Look how big your book is! 'The Lord is close to the broken hearted. He rescues those who are crushed in spirit. Fear thou not, for I am with thee. Be not dismayed, for I am thy God. I will strengthen thee. From the depths of the earth you will again bring me up. Though the mountains be shaken and the hills be removed, yet my unfailing love for you will not be shaken nor my covenant of peace be removed, says the Lord who has compassion on you.' That almost sounds like it's about a f**** earthquake!)

こんなに色々あるのに、あんたは「悪魔との契約」とかいう都市伝説の話をすることにしたわけ?

「あんたらの本」と言っているけれど、ジョンが引用しているのは旧約聖書だから、ジョンの宗教(ユダヤ教)の本でもあるのよね。(でも、ここで言っているのはキリスト教のこと。)

なんとなく、以前のジョン・スチュワートの、ジョークというにはあまりに的を射てしまっている「名言」を思い出しました。

Religion - it's a strong healing force, in a world torn apart...by religion.

「宗教-それは力強い癒しの力です...宗教によって引き裂かれた世界のための。」