オーブリー&マチュリン「21」(その22)

ここでのクリスティーンの台詞、オブライアンさんの遺稿にあった手書きメモそのままに引用します。

'Stephen, my dear,I am afraid I must beg you to tell that man not to call unless he is invited. He is becoming quite a nuisance - a wonderfully confident nuisance. He spent a long time talking to me through all these flowers and telling me that when he had taken up his appointed position at the Cape and when he had married to [a] woman he had chosen, there would be virtually nobody in the colony to compete with him in wealth and influence. I have met with some fools in my life even some god-damned fools, and a good many of them; but I have never met with such a confident ass as Miller: I suppose he is completely blinded by his position, appointment and I dare say wealth, as well as gross stupidity. Stephen, please get me rid of him. He is making me ridiculous as well as himself.'

えー、で、これを...いつものように、これを読んで私の頭に響いたままのニュアンスで、率直に日本語に訳してみますと...

「スティーブン、マイディア...申し訳ないけど、どうかあの男に、招待されない限り訪ねて来ないように言っていただけないかしら?本当に厄介になってきているの。それも、とんでもなく自信たっぷりな厄介者ね。花を持ってきては、喜望峰で任務に就いて自分の選んだ女性と結婚したら、植民地の中で富と影響力にかけて自分にかなうものはいないだろうとか、長々と喋ってゆくのよ。今までの人生で馬鹿者に会ったことはあるし、中にはとんでもないクソバカも、結構たくさんいたけど、ミラーほど自信たっぷりの阿呆には会ったことないわ。自分の地位と階級と、それに富に目がくらんでいるのね。単に、呆れるほど愚かだってこともあるけど。スティーブン、お願い、彼を追い払ってくれないかしら。彼は、自分と同じぐらい、私のことも馬鹿に見せているわ。」

「god-damned」というのはいわゆる「swear word(汚い言葉)」のひとつです。まあ、現代ではswear wordといえばFワードやSワード(shit)のことで、damnとかgod-damnとかはむしろ古めかしい感じですが...当時はこれこそがswear wordだったはずです。

現代のアメリカのテレビドラマでは(ケーブルではなく基準が厳しいネットワーク放送では)主人公の若い刑事など(たとえば「24」のジャック・バウワー)が、現実には絶対に「F**k!」「F**k it!」と言いそうなところで、薄めて「Damn!」「Damn it!」と言うので、不自然だとからかわれることもあるのですが...それにしても、単に「Damn」より「god-damned」は強い言葉で、数年前にある女優が何かの受賞スピーチで使って、ちょっと問題になったこともあるくらい。現代でも、年配の上品な女性なら、自分の前で「god-damned」なんていう言葉を使う人がいたら「まあ、何という言葉づかいなの!」と怒る人もいそうです。

まして、200年前のレディが「god-damned fools」って...おまけに、「such a confident ass」って...

いや、笑ってしまいました。

いや、ここでいう「ass」は、現代アメリカの俗語で言う「ケツ」のことではなく(それはイギリス英語では「arse」になります)、「ロバ」という意味からきている「阿呆」という表現で、それほど下品な言葉ではありませんけど。それにしても「アホ」と言っていることには変わりはないわけです。

オブライアンさんは、ここはとりあえずクリスティーンが内心で思っていることをそのまんま書いて、後でもうちょっとレディにふさわしい言葉づかいに直すつもりだったのでしょうか。それとも、クリスティーンっていうのは、怒るとこのような言葉がそのまんま出てしまう人なんでしょうか。

私が最初にここを読んだ時、ちょっとひっかかったのは、実は言葉づかいのことではなくて、クリスティーンが、ミラーを追っ払うことを、自分でやらずにスティーブンに頼んでいるということでした。そういうのは、20巻の彼女のキャラとはちょっと違うなあ、と思ったのです。

でも、よく考えてみると、この言葉づかいや怒りっぷりを見ると...クリスティーンは自分でも、かなりはっきりとノーの意思表示をしていたんじゃないかという気がしてきました。ミラーの方が、よくいる「女性のノーはイエスという意味」とか「ノーと言われても、押しまくれば女性は落ちる」と思っているアホ男の、それも程度の酷いサンプルで、クリスティーンが何を言っても聞いちゃいないんで、ここは男に言ってもらわないとダメだわ、と思ったのかもしれない。

クリスティーンには兄もいるはずですが...兄のエドワードさんは、たぶん押しが弱いタイプなんでしょうなあ。

まあ、とにかくこのへんはメモ書き程度なんで、後で前後にもうちょっと事情説明を加えるつもりだったのかもしれないので、何とも言えないのですけどね。こんなザックバランな言葉遣いをしているところをみると、スティーブンとクリスティーンの間にも、何らかの進展があったのかもしれない。

しかし、スティーブン...ダイアナも、2巻で初めて登場した時、馬に向かって、何やら「女性がそんな言葉を言うのをジャックは聞いたことがなかった」という言葉づかいをしていたみたいだし※...彼は、その何というか、ハッキリした言葉づかいの女性が好きなんでしょうかね(笑)。

※'Get over, you -,' said the girl, in her pure clear young voice. Jack had never heard a girl say - before, and he turned to look at her with a particular interest. 2巻「Post Captain」1章
「-」が何の伏字なのかは不明ですが。