【映画感想】キャピタリズム マネーは踊る ☆☆☆☆

貧乏人はラッキーなんだぜ。なんたって、本当に天国に行けるのは、貧乏人なんだから。

ルカによる福音書 6:20 (翻訳 by Kumiko)

金がなくて、明日食べるもの明日着るものも買えなくったって、くよくよ気にすんな。空を飛んでる鳥を見ろ。畑に種を撒いたり、収穫を倉に貯め込んだりするか?それでも神様がちゃ〜んと養ってくれてるじゃないか。野っ原に咲いている百合を見ろ。あくせく労働したり、せっせと糸を紡いだりしてるか?それでも、断言するけど、いちばん景気が良かった頃のバビロンにだって、こんなにキレイな服を着たやつはいなかったね。...明日のことは、また明日考えりゃいい。今日考えるのは、今日の苦労だけで十分だよ。

〜マタイによる福音書 6:25 (翻訳 by Kumiko)

金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通り抜けるより難しい。

〜マルコによる福音書 10:25 (これは普通の訳)

はは、いきなり、聖書の勝手訳から始めてしまいましたが...

いえね、私が「キャピタリズム マネーは踊る」の感想を書くのなら、「資本主義は悪か、社会主義マイケル・ムーアが言うほどいいもんか?」みたいなことを論じても、しょーがないと思いまして。「資本主義」も「社会主義」も「共産主義」も定義の問題で、そりゃスターリンがやってたことを「=共産主義」と思うなら悪いに決まってるし、この映画で描かれているゴールドマン・サックスの行為のようなメチャクチャを「=資本主義」と呼ぶなら、そりゃ悪いに決まってる。第一、そういう経済学入門みたいな議論なら、よそで他の人たちが死ぬほどやっているだろうしね。

だからここは、fellow liberal Catholic(リベラルなカトリック教徒のお仲間)として、この映画で一番「おお、そうだそうだ!私もずーっと前からそれが気になっていたんだよ。よくぞ言ってくれました!」と思ったことを書きたいと思います。もっとも、マイケル・ムーアがカトリックだなんて、この映画観るまで知りませんでしたけど。

この映画で描かれているように、アメリカではいつの頃からか、資本主義とキリスト教が、「ヨーロッパ的社会主義的価値観の脅威」に対する「昔ながらのアメリカ的価値観」として、保守派の人々にセットで信仰されるようになっているのです。うーん、以前はこんなに極端じゃなかったような気がするんですけどねえ。これはやっぱり、宗教右派と極端な自由競争主義が結びついていたネオコンの(ブッシュ政権の)影響が大きいのでしょうか。あるいは、EUと中国とイスラム教に対する恐怖がごっちゃになっているのかも。

FOXニュースの右派キャスターで、この映画にも登場するグレン・ベック(※)も、「オバマ政権のせいでアメリカが破滅に向かう今、頼れるのは3つのG - Gold(金)、God(神)、Gun(銃)だ」と主張しているし。

でも、それは絶対に変なのよ。経済システムとして資本主義が正しいか社会主義が良いかってことは、決定的な答えが出るもんじゃないとは思うけど...この映画の主張の中でひとつだけ、もう絶対に絶対に正しいことがある。それはキリスト教と資本主義は、まるっきり正反対の考え方だ」ということ。私が大きくうなずいてしまったのは、そこなの。

「多くの人を豊かにするためには、自由競争の資本主義の方が結局はメリットが大きい」っていう主張は、場合にもよるけど、わからんでもない。でも、少なくとも、そこに神を持ち込むな!ってこと。資本主義と神や道徳を結びつけた時点で、その主張は偽善としての馬脚を現していると思う。

思えば、私はずーっと昔から、プロテスタント的価値観のこの部分は変だと思っていました。たぶん、世界史で宗教改革を習った時から。カルバン派だったと思うけど、「勤労と蓄財を神の教えとして奨励した」というところ。

まあ「勤労」に関しては、イエスも推奨してないわけでもないですけど。「神に与えられた才能は精一杯活用しろ」とは言っているし、冒頭に勝手訳を書いた山上の垂訓だって、あえて突っ込めば、鳥や百合が働いていないわけじゃないしね。百合だって、太陽の光を浴びるために一生懸命葉っぱを伸ばしていると思うし。

しかし、鳥や百合が絶対にやっていないことは、「将来のために財産を貯め込む(蓄財)」ということで、ポイントはそこなんです。イエスの教えは、まとめると「金を貯めるな、余分な金が手に入ったら全部貧乏人にやっちまえ。明日の食いもん着るもんがなくても、気にすんな!」

まあ...無理なんですけどね。(※)かく言う私だって、老後の貯えはせずにいられないし。でもそれがほんとはイエスの教えに反することだってのは自覚してます。つまり、必要最小限以上に金を稼いだり貯金したりするのは、生きてゆくために信仰と折り合いをつける現実的行為であって、アメリカの宗教右派の人々が言うような「神の道」ではないのです、絶対に。まったく、イエスは「ホモはダメ」なんて一言も言っていないけど、「金を貯めるのはよくない」とは、これ以上ないほどはっきり言っているというのに。

「勤労と蓄財」よりは、「宵越しの金は持たねえ!」という江戸っ子気質の方が、まだイエスの教えに近いと思いますよ(笑)。あるいは、この歌「金のない奴ぁ俺んとこ来い!俺もないけど心配するな...見ろ、青い空、白い雲 そのうち何とかなるだろう。」(※)これなんて、キリスト教精神そのものですよ。いやマジで。

えーと、なんか話がそれましたが、とにかく、「金を貯めるな、貯め込んで金持ちになったりしたら天国に行けないぞ」ということは、「とにかく愛が大事だよ」ということと並ぶイエスの教えの柱であって、他人の解釈を鵜呑みにせずにソース(聖書)に当たりさえすれば、資本主義とキリスト教がまったく相反する信念だということは、ごまかしようがないはずなのです。

「金儲け」や「蓄財」をキリスト教の教えにかなうこととするのは、自分の都合のために宗教を捻じ曲げることの最たるものであり、マイケル・ムーアが「洗脳」と言っているのは、かなり正確なのです。このへん、聖書やアメリ宗教右派に関する知識がないと、「またマイケル・ムーア流の誇張だろう」と思うかもしれないのですけど。

とにかくこの映画の、昔のテレビドラマ(※)のイエスの台詞を吹き替えた部分は傑作!です(笑)。

もうひとつ。できればこの映画とともに、20年前のマイケル・ムーアのデビュー作「ロジャー&ミー」を観ることをオススメします。たしかDVDレンタルあったはず。「キャピタリズム」の、「何でこんなことになったのか」の始まりが、まさに「ロジャー&ミー」にあるからです。

マイケル・ムーアのドキュメンタリーについて、彼だって自分の主張に都合のいいように事実を編集して並べているじゃないか、FOXニュースの右派のプロパガンダに対して、左派のプロパガンダなだけじゃないか、という意見もあります。

それについては、FOXニュースは「不偏不党」の「ニュース番組」だと自称しながら自分たちの主張を流しているのに対し、マイケル・ムーアは最初から自分の主張をはっきりさせているという違いがあるのですが...

それ以上に、20年の歳月をはさんだ「ロジャー&ミー」と「キャピタリズム」を比べて見ると、マイケル・ムーアに一貫しているのは、主張というよりその「立ち位置」だと感じるのです。

彼はミシガン州フリントの、GMの工員の息子。1930年代のストライキで命がけで権利を勝ち取った労働者の甥であり、かつては従業員を大切にしていたGMのおかげで何不自由なく育った白人青年であり、保守的なカトリック家庭の育ちで、元全米ライフル協会会員で...1980年代に、GMの大量解雇によって目の前で崩壊した町の人間。「史上最高の利益を出したばかりの企業が、町をまるごと滅ぼすほどの大量解雇をするなんて間違っている。」という、至極シンプルな主張をするために映画を作り始めた映画作家だ。

扱う問題が銃犯罪であろうとイラク戦争であろうと医療保険制度であろうと、それは常に「ミシガン州フリントのマイケル・ムーア」の見たアメリカであり、彼は常に映画の最初で、それをはっきり宣言している。

たしかに、それはドキュメンタリーとしては王道ではないけど、だからこそ信用できるのです。産地のはっきりしている野菜みたいに。

最後に...エンドロールで流れるスタンダード・ナンバー風の軽快な歌が、よく聞くと「インターナショナルの歌(英語版)」だったのにびっくりしました。これって、各国いろいろ勝手な歌詞をつけているそうなんですけど(元はフランス語)、日本では「起て、飢えたる者よ」というアレですよね?

インッタ、ナッショナァ〜ル♪

※グレン・ベック:「パイを一切れ分け与えれば、貧しい人が食べられる」と言った女性議員に対して「でも、ぼくのパイだ!」と叫んでいた人。ちなみに、この「3G」のうちGold(金)については、ベック氏は番組で「経済は必ず崩壊するから、金に投資するのが一番安全だ」と訴える一方で、金のコインを売る会社にスポークスマンとして雇われていたことで「利害の衝突」を指摘されている。

※正直に言えば、イエスの教えには「うっ、そこまでは無理ですぅ...」なものが多い(笑)。「人間を、どんだけ強いと思ってる?」って感じ。だからもし、「私はイエスの教えに100%従って生きています!」なんて主張する人がいたら、その人がマザー・テレサでない限り、大嘘つきだと思って間違いないです。

※「だまって俺について来い」作詞:青島幸男

※1977年のTVミニシリーズ「ナザレのイエス」 イエス役はロバート・パウエル