オーブリー&マチュリン「21」(その10)

ディナーの翌日、いよいよ南アフリカ艦隊がブエノス・アイレスに到着しました。

「到着した」と言っても、マストヘッドの見張りが水平線の彼方に姿を確認してから実際に到着するまでに1日ぐらいかかるので、その間にサプライズ号のみんなは、普段でも整理整頓がゆきとどいていてキレイな船をさらに磨きたてたり、普段はあんまり綺麗ではない自分の服装や髪をできる限り整えたりに余念がありません。提督の検査もあるし、何より、英国海軍の他の艦に「だらしない艦だ」と馬鹿にされるのだけは耐えられませんからね。

ここで誰より気をもんでいるのは、キリックでした。キリックの仕事は艦や自分ではなく、ジャックを美しくすること...いや、彼の軍服を美しく保つことです。なのに、この大事な時に、ジャックの少将の軍服(少将の軍服は艦隊司令官のものと同じで、ジャックは艦隊司令官をやったことがあるので持っている)が、思わしい状態ではないことに気づいたからです。

何しろこの軍服は、世界中のさまざまな環境をくぐりぬけ、「マレーシアのシロアリからニュー・サウス・ウェールズ(オーストラリア)の恥知らずなウォンバットホーン岬の南からアルゼンチンの荒涼たる原野まで、さまざまな害獣にかじられ、フンをされてきた」ので、昨夜キリックが必死でブラシをかけまくった結果、上等のウールの布がすっかり擦り切れてみじめに薄くなってしまっていることが判明したのです。

すっかりしょげてしまっているキリックに哀れを感じたジャックは、「そんなことは全然かまわない」というふりをして(本当は彼も、軍服にはこだわる方なのですが)、古ぼけた少将の軍服にバース勲章のリボンをつけて、ちょうど到着した新しい指揮艦、サフォーク号に向かうのでした。

前任のシモンズ艦長から士官たちの紹介を受けた後、彼はミズンマストの側に立っている艇長に命令しました。「旗を揚げろ。」

少将(rear-admiral)の青い旗がミズンマストに掲げられ、勇壮にはためき始めると同時に、オーブリー少将の最初の礼砲、13発の礼砲の轟音がブエノス・アイレスの港に響き渡るのでした。