オーブリー・マチュリン「21」(その7)

ブエノス・アイレスの港に反プロテスタント感情が広がっていると聞いて困ったジャック。つい、「早くサフォーク号と艦隊が来ればいいのに、そうしたらもう、この先何万海里もペイピスト(カトリック教徒の蔑称)顔なんか見ずにすむのになあ!」とぼやいてしまい...すぐ隣に当のペイピストのひとりが立っているのに気がついて、「ごめん、悪気はなかったんだ」と謝ったりしてます。スティーブンももう慣れていて、気にしてないようですが。

ジャックはスティーブンに、艦のカトリック教徒水兵たち(ほとんどはアイルランド人)にきちんとした服装をさせて教会に連れて行ったら、サプライズ号の心証がちょっとは良くなるのではないか、と提案するのですが...それは良いアイデアなのですが、それを提案する時も、「えーと、この艦の...」と言ったきり、ペイピストじゃなくて、ローマンでもなくて、マンボー・ジャンボー(迷信家)はまずいし、「古い信仰の人々」では妙だし...と口ごもってしまい、スティーブンに「『カトリック教徒』でいいんだよ」とつっこまれています。

ジャックって、悪気はないんでしょうけど、本当にPC(政治的に正しい)とはほど遠いひとですね。ジャックは一応議員ですけど、もしもっと本格的に政治をやっていたら、某首相顔負けの「失言大臣」になりそうなタイプ。

その翌日、スティーブンは、カトリック教徒を連れて教会に行く前に、とりあえず情報集めのためにドクター・ジェイコブと二人で上陸して、重要な情報を持ち帰って来ます。

なんでも、ブエノス・アイレスの急進的な、いわば右派の聖職者たちが、今の知事と政府を倒そうとしている。ボストンから来たモルモン教徒の件で事を大きくして、やたらに住民の反プロテスタント感情を煽っているのはそのせいだ。すでに到着している教皇特使は教会内にも、ブエノス・アイレスの有力者たちにも大きな影響力を持っているので、彼がなんとか騒ぎを鎮めようとしている。なので、サプライズ号としては、嫌がらせをされても仕返ししないように自重した方がいい。

むー、いつの時代にも、政治的目的のために、信心深い保守的な人々の恐怖心を煽る連中がいるんですなあ。それにうかうか乗せられる方もいけないんですが。

「それはともかく、今日は教皇特使が漁船に祝福を与える日で、けっこう大きな祝祭なんだ。トップまで登れば、彼が漁師たちと漁船に祝福を与えるところが見られるよ。」とスティーブン。

ジャックとスティーブンとジェイコブは、望遠鏡を持ってトップまで登り、マストに花輪を飾った漁船たちが、祝福を受けようとわらわら集まって来るのを見降ろしていました。

突然、港はしんと静まり返り、トランペットの音が鳴り響きました。港からそびえる立派な階段のてっぺんに、白い法衣を着た、すらりと背の高い威厳のある人物が姿を現し、漁船たちから天まで届くような歓声が上がりました。教皇特使です。

「驚いたな、彼は黒人だぞ!」望遠鏡で見ていたジャックがつぶやき、その一瞬後、強い感情に顔をくしゃくしゃにしました。