オーブリー・マチュリン「21」(その6)

南アフリカ艦隊と合流するため、アルゼンチンはラプラタ河口のブエノス・アイレスに到着したサプライズ号ですが、今までの航海が順調すぎたために、まだ艦隊は到着していません。

港は妙に静まり返り、緊張した雰囲気で、心配したジャックはスティーブンたちを偵察に送り込み、礼砲が返礼されるかどうかを確認してもらうことにします。しかし、ちょうどそこに検疫所のボートが来て、スティーブンが役人に対応します。

ここでちょっと妙なのは、検疫所の医者が「ポルトガル語の話せる人は?」と聞き、スティーブンが「ラテン語なら話せます」と言って、ラテン語で対応することです。はて、アルゼンチンはスペイン語では??ブラジルと間違えてない?

もしかして当時はポルトガル語が話されていたのかな?と、ざっと調べてみたのですが、そんなことはないようです。

実は他にも、この検疫所のボートのことを「リオのボート」と書いているところもあり...どうやらオブさん、この舞台をブエノスアイレスにするかリオデジャネイロにするか迷っていて、ちょっとごっちゃになっているようです。チェックなしの初稿ならではの混乱でしょうか。

さて、検疫所の人から「礼砲の返事は大丈夫」と確約を得たものの、彼は気になる情報を伝えてゆきました。どうやら昨夜、アメリカはボストンからやってきた「新教徒」の団体が騒ぎを起こして、「一時に一人の妻しか許されないなんて馬鹿げている、ソロモン王を見ろ。ローマ教皇(法王)なんぞくそくらえ」などと、夜中じゅう騒いでいた、というのです。
アメリカから来て、一夫多妻制を唱えているところを見ると、彼らはモルモン教徒(末日聖徒イエス・キリスト教会)と思われます。イギリスを追われてアメリカに渡った後、ユタ州に行く前はボストンを拠点にしていたこともあるようです。

この頃(正確にはもう少し後)のモルモン教会については、シャーロック・ホームズの「緋色の研究」に登場することで有名ですね。(描写はいろいろ不正確だという話ですが。)当時はその「異端」な結婚制度、つまり一夫多妻制が主な原因でイギリスで嫌われ、アメリカでも違法とされて一時メキシコに行ったりもしていたそうですが、現在では一夫多妻制を廃止しています。それを考えるとちょっと皮肉なことに、最近では同性婚の合法化に反対するキャンペーンに大々的に資金提供していることで話題になったりしました。

モルモン教会が「プロテスタント」に入るかどうかは微妙ですし、そもそもキリスト教に入るのかどうかもいろいろ異論のあるところなんですが、敬虔なカトリックであるブエノスアイレスの人々にとっては、「反カトリック=新教徒(プロテスタント)」ということで、いっしょくたになっているようです。それで、この騒ぎの後、プロテスタント住人の家が焼き討ちにあったりして、町は一触即発。それが、緊張した雰囲気の原因のようです。

たまたま、翌日はカトリック教会から「教皇特使」が派遣されてくる日で、町の人々はそれで余計にピリピリしているようです。

教皇特使」とは、ローマ教皇直々に指名された聖職者(神父)で全権大使であり、ローマから遠く離れた地のカトリック教徒にとっては、一生のうちに会える人の中では最も教皇様に近い人、ということで、ありがた〜い存在なのです。

現代でさえ、教皇アメリカやら南米やら訪れたら、当地のカトリック教徒は大騒ぎですからね〜。え、私?私は大昔、前の教皇ヨハネ・パウロ二世が来日したとき、後楽園球場(東京ドームができる前)で行われたミサに行きましたよ。(有名な「ヒロシマ・アピール」の時の来日です。)今の教皇は、コンドーム発言以来、私的にはちょっとアレなんですが...これ以上はヤバいので省略(笑)。

閑話休題。そんなわけで、イギリス艦であるサプライズ号は、やはり「プロテスタントの仲間」として大いに敵視されることは必定。あろうことか、町の汚物を捨てに来る船が、わざわざサプライズ号の近くまで来てわざと舷側にかかるように捨ててゆく始末。

「われわれは、平和に水と野菜と果物の補給をしたいだけなんだがなあ。よりによってこんな時に、宗教戦争を始めなくても...」とボヤくジャックでした。