オーブリー・マチュリン「21」(その5)

マゼラン海峡から、「1万1千人の乙女岬(Cape of the Eleven Thousand Virgins)」(しかし、すごい名前だな)を回って、南米の大西洋側に出たサプライズ号。

これまでの航海は天候に恵まれた気持のよいものだったのですが、ひとつだけ問題は、補給のために立ち寄るアルゼンチンの港が、きわめて非友好的なことです。

イギリス軍は1806年と1807年にブエノスアイレスモンテビデオに侵攻しているので(アルゼンチン側が撃退した)、反英感情が強いのも、まあ当然といえば当然なんですけどね。アルゼンチンとイギリスって、昔から仲が悪いのね...フォークランド紛争や、マラドーナの「神の手ゴール」に至るまで。

また、政治的・軍事的理由の他にも、スペインの植民地でも独立しても、南米人はカトリック教徒としての自意識が高いので、当時は「プロテスタント国の代表」と見られていたイギリスには反感が大きいのでした。

というわけで、当時のアルゼンチンとイギリスは敵国ではないにもかかわらず、またサプライズ号は南米の国のスペインからの独立を助けるために来たにもかかわらず、行く先々で冷たい目で見られ、補給品をなかなか売ってくれず、しぶしぶ売ってくれたとしてもとんでもない法外な値段をふっかけられるのでした。

それでも、港の役人とはスティーブンが行ってスペイン語で交渉することで、なんとか水と青物は確保したのですが...

ジャックと合奏している時、スティーブンは「艦隊と待ち合わせすることになっているラプラタ河口(ブエノス・アイレス)はもっとひどいだろう」と言うのでした。

ここで、スティーブンがうっかり「君の小さい艦隊(little squadron)」と言ってしまって、ジャックが「小さい艦隊とはどういう意味だ?普通の大きさはあるし、どっちかと言えば大きい方だぞ!」と怒ってしまい、スティーブンがあわてて「littleというのは愛情をこめた言い方だ、『かわいい子猫(my little Puss)』みたいな」と言い訳するのが可愛かった。

ジャックはこの前の日に、スティーブンに「ぼくの指揮するのは青色艦隊(blue squadron)だから、もちろん南アフリカ艦隊(fleet)の中では一番小さいのだけど、小さいからと言って文句は言わないよ、艦隊がもらえるだけで感謝でいっぱいだ」みたいなことを言ってたくせに、ひとに「小さい」と言われるととたんに怒るあたり。自分の艦隊に、今から相当入れ込んでいるようです。それもジャックらしいですけどね。

その後もサプライズ号は順調に航海し、南アフリカ艦隊が到着する前にラプラタ河口に到着しました。

今までの港の非友好的態度を考えて、港に到着した時、サプライズ号の礼砲が返されるかどうかをジャックは心配していました。入港して礼砲を撃ったはいいけど、港の砲台から同じ数の礼砲が返されなかったら、それはたいへんな侮辱をうけたということになるので、サプライズ号としては万が一にもそういう事態は避けたいのです。

そこでジャックはスティーブンに、先にボートで入港して港の役人に確認してほしい、と頼みます。「ドクター・ジェイコブとワンテージと一緒に行ってくれないか?」と...え、ワンテージくん??たしか彼、前巻の6章で黄熱病で死んでいるはずでは...??

この「21」は、オブライアンさんが書き残した遺稿(初稿)を、何の手も入れずにそのまんま本にしているので、後で推敲したら直していたんだろうな、というところがたくさんあります。これもその一つです。

まあ、今までにもオブライアンさんは脇キャラの名前とか、間違えて書いていることは何度かあったのですが。さすがに死人が復活したのは初めてで、やっぱり20巻までは、一応そのへん編集者がチェックを入れいていたのかな〜と。

どうせ復活させるならボンデンを蘇らせてくれたらよかったのに、とも思いましたが...いや、やっぱりマズいですねそれは(笑)。