デス・パネル伝説の元凶(先週のThe Daily Show with Jon Stewart)

デイリーショーが3週間の休みに入る直前、先週の木曜のインタビューは、元ニューヨーク州副知事のベッツイ・マッコイ。

http://www.thedailyshow.com/watch/thu-august-20-2009/betsy-mccaughey-pt--1

http://www.thedailyshow.com/watch/mon-august-17-2009/exclusive---betsy-mccaughey-extended-interview-pt--1

http://www.thedailyshow.com/watch/mon-august-17-2009/exclusive---betsy-mccaughey-extended-interview-pt--2

現在、オバマ大統領が導入しようとがんばっているヘルスケア(健康保険制度)改革は、「お年寄りを殺す陰謀」だとか、「死の審議会(Death Panel)」だとかいう根拠のない噂によって危機に瀕しているのですが...サラ・ペイリンが言っていた「デス・パネル」の噂の元になったのがこの人です。(デス・パネルという言葉を発明したのはサラ・ペイリンのようですが。)
この人は、クリントン大統領が健康保険改革を試みた時にも反対意見の記事を書き、それが改革失敗の原因の一つになったのですが、後で調べてみたら彼女が書いたことはほとんどが事実に反し、その雑誌は後で謝罪した、という前歴の持ち主。

この人が、どうしてこれほど全力で公的保険の導入を阻止しようとしているのかというのは...この人、さまざまな公的な仕事の他に、医療器具会社の役員もやっていると聞いたら、まあ想像はつこうってものです。

もっとも、この医療器具会社の役員については、このインタビューの翌日に、保険制度改革反対の政治活動との「利害関係の衝突」を指摘されて、辞めざるを得なくなったようですが。

さて、この「死の審議会(デス・パネル)」ですが...この人がその「根拠」としているのが、法案の中にある「リビング・ウィル(生前遺言書)」について定めた条項です。

リビング・ウィル」というのは、患者が自分で判断を下せなくなった時のために、延命治療を希望するかしないか、どのような場合に生命維持装置を外してほしいか、医者と相談して書面に残しておくことです。で、この法案の問題の個所というのは、患者がそういうコンサルティングを希望した時にどのような条項を決めておくべきかというチェックポイントと、医者はその条項に従う義務があるということ、また患者が延命治療を希望したと書面にある場合、生命維持装置のコストは保険でカバーされるということです。

ところが、このマッコイさんの主張は、これは(a)患者にリビングウィルを作らせるように医者に強制するものであり、(b)リビングウィルに「延命治療を拒否する」と書くように患者にプレッシャーを与えるものであり、(c)従って、国民皆保険の予算を捻出するために、(現在でも「メディケア」という公的保険でカバーされている)お年寄りを早く殺そうとするものだ、という理屈です。

しかし、事実は(a) リビングウィル作成が義務であるとは、どこにも書いていない。あくまで患者が希望すればの話 (b)リビングウィルの作成は、むしろ患者自身に自分の治療をコントロールする力を与えるもので、「何があっても最後まで延命治療を続けるように」と書いてもまったくかまわない。そもそも、リビングウィルの作成は現在でもアメリカの病院では一般的に行われている。(c) リビングウィルで延命治療を希望した場合、その医療費は保険でカバーされる、と保障するのがこの条項の目的。リビングウィルの作成が是か非かという議論とはそもそも関係ない。

よく聞いてみれば、単なる言いがかりのような反対意見なんですが...これが事実のチェックもなにもなしに、「オバマはお年寄りを殺そうとしている!」という風にヒステリー広がってしまうのが、かの国のフシギなところでして。

さて、背景説明はこのぐらいにして...ベッツイ・マッコイ氏は、「法案の前半」だという巨大なバインダーを持って現れました。それをジョンの前にどんと置いて、「この法案は危険なのよ!」と、上記の「お年寄りから医療を奪い、安楽死を促進する」と主張するマッコイ氏。ジョンが「では、それが書かれている問題の個所を見せて下さい」と言うと、「433ページに書かれている」と。ジョンがあくまで「では、そこを見せて下さい」と言うと、慌てて捜すように、延々とページをめくり続けるベッツイ。

あの〜、あんたねえ、ポストイットってものを知らんのかい!(笑)実際の文章を見せられないのなら、どうしてわざわざバインダーを持ってきたんだか...

でも、考えてみれば、これはわざとですね。彼女があの巨大バインダーを持ってきたのは、「ほら、この法案はこ〜んなに長いのよ。この中にどんなに悪辣な陰謀が隠されていても分らないでしょう?」とアピールするための「小道具」にするためで、実際にジョンが「ではその文章を見せろ」と言うとは思っていなかったのかもしれない。そう言われた場合でも、捜すのに手間取っていれば、「時間がないからもういい」と言われると思っていたのかも。

でも、ジョンはあくまで彼女が433ページを探し出すまで待っていた。「ヤケティ・サック」を口ずさみながら(笑)。

そして、彼女がページを見つけると、その文章を実際に読み上げて、「これは、あなたの言っているような意味ではない」と言うジョン。もちろん、もともとちゃんと読んで記憶していたのでしょう。彼女は「この法案を全部読んだの?」と訊いていたけど、問題になっている条項はもともと分かっていたのだから、全部読む必要はないよね。(でも、ジョンが全部読んでいたとしても驚かないけどね。少なくとも、事前にスタッフに手分けして読ませて、要点をプレゼンしてもらうぐらいのことはやっていると思う。)

それでも、「メディケア(65歳以上のための公的保険)の予算を削減されたら、お年寄りは腰の手術を受けることもできなくて、立つこともできなくなってしまうのよ!そんなの残酷だと思わない?」などと主張するマッコイ氏。ジョンが「オバマはメディケアを削減するなんて言ったことはないし、法案にも書いてないし、まったく根拠がない」と言うと、自信たっぷりに「あら、証拠はあるのよ。」と言いつつ、今度は法案を手に取って探すふりさえしない。ジョンの「どこにあるんですか!(Where!?)」という叫びには、「もうお手上げ」という絶望感がにじんでいました。

最後にジョンは、冗談ぽく「あなたは嫌いじゃありませんが、あなたの脳がどう機能しているのか理解できない」と言ってましたが...うう、まったくそのとおり。彼女が「私は博士号を持っていて、30年も法案を読む仕事をしているのよ(だから私の方が正しいに決まっている)」という一言にも、「あなたにとって法案を読むのは、マリファナを吸うような効果があったんでしょうかね」...いいぞ、ジョン(笑)。

あと、なんとなく気に障ったのは、途中でジョンが、「あなたの(法案の文言をわざと曲解した)主張は、極端だし危険だ」と言って、それに対して観客が拍手すると、ベッツィが観客に向かって手を広げてにっこりしていたこと。...ちょっと、アンタに拍手してるんじゃないわよ!(笑)

私が観客だったらブーイングしたいところでしたが、ベッツィが発言している時にもブーイングはなく、時々ジョンの発言に対して拍手と歓声がある以外は静まり返ってましたね。たぶんこういうゲストの時は、ジョンとスタッフから「ゲストにブーイングしないように」という厳重注意があるものと思われます。(私が見に行った時のゲストはCNNのキャスターでまともな人だったので、特にそういう注意はありませんでしたが。)

後半で、現在保険を持っていない貧しい人の話になったとき、ベッツィが「でも、あなたも大金持ちでしょ?マンハッタンに大きなペントハウスを持っていて...」と言ったのですが、それに対してジョンは「ええ、そうですよ。だからこそぼくは、もっと不安定な立場の人のために、もっと税金が高くなってもかまわないと思っています。むしろ歓迎する。それが、ぼくをここまで成功させてくれた国に対する恩返しになると思うから」...<3 <3

あと、マッコイ氏がアメリカがガンの生存率が世界一であることを、いかにもそれがアメリカの医療制度が世界一であることの証拠みたいに挙げると、ジョンがすかさず「でも乳幼児死亡率は58位、平均寿命は46位だ」と、何も見ないでぱっと返したのが印象的でした。ジョンは別に「博識」じゃないと思うけど、こういう時の予習ぶりはすごいと思います。

このインタビュー、マッコイ氏があまりに神経にさわるんで、あんまり何度も見る気になれなくて、ちゃんとした翻訳の形にできなくて、まとまりなくてごめんなさい。でも、必見のインタビューだったと思います。

というか、我々が「必見」してもしょうがないのですけどね。アメリカの人たちにこそ見てほしい、けど、この人が広めた噂を信じ込むような人は「デイリーショー」なんて見てないんだろうなあ...