ケニア王子の陰謀(先週のThe Daily Show with Jon Stewart)

先週のThe Daily Showで話題になっていたのは、アメリカで「birthers」と呼ばれる、ある陰謀説を信じる人々の話。

The Daily Show with Jon Stewart 2009/7/22 Born Identity

その陰謀説というのは、オバマ大統領が本当はアメリカ生まれのアメリカ人じゃないのではないか、それなら、大統領になる資格はないんじゃないか、という「説」です。

この経過をごく大雑把に表現すると…だいたいこんな↓感じ?

【選挙中】
オバマは本当にアメリカで生まれたの?本当にそうなら、出生証明書を見せてよ。」
「はい、これ、ハワイ州の出生証明書。」

【選挙後】
オバマは本当にアメリカで生まれたの?出生証明書を見せてよ。」
「前にも見せたけど…はい、出生証明書。」

【大統領就任後】
「どうしてオバマは出生証明書を見せないんだ!何か隠している証拠じゃないか。」
「だから、前にも見せたんだけど。インターネットにも載っていて、検索すりゃすぐ見つかるんだけど。ほらこれ、ハワイ州が保証した出生証明書。」

【しばらくして再び】
オバマアメリカ生まれでないという噂はいまだに消えていない。これというのも、オバマが本物の出生証明書を見せないためだ。」
「だから〜、これがハワイ州の正式な出生証明書なの!共和党員であるハワイ州の知事がはっきり保証してるんだから。」

【またしばらくして再び】
「これほど言われているのに、オバマアメリカで生まれたという証拠を何ひとつ示さないのはなぜだ?後ろ暗いところがあるからに決まっているじゃないか。」
「これが出生証明書、これがオバマさんが生まれた時のハワイの地方新聞!ほら、オバマ夫妻にバラクという息子が生まれたという告知記事が載っているでしょ?」

【その後すぐ再び】
オバマアメリカ生まれでないという疑問は消えていない。これだけ多くの人々が疑問を持ち続けているということは、彼がアメリカ生まれでないという何よりの証拠だ。彼はなぜ堂々と疑惑を否定しようとしないんだ!」
「…(頭をかきむしる)」

以上、まあ、世の中によくあるパターンの「議論」ですけど。

CNNのキャスター、キティ・ピルグリム:大統領の出生証明書には、彼はハワイで生まれたと書いてあります。政治的事実確認を行っている中立のグループが確認し、写真を公開しています。共和党ハワイ州知事は、彼はハワイ州で生まれたと明言しています。ハワイ州の保険局長は、オバマの出生証明書の原本を確認したと言っています。当時のハワイの地方新聞2紙が、1961年8月バラク・H・オバマ夫妻に男の子が生まれたと告知広告を出しています...

ジョン・スチュワート:...それで?7月17日に、キティ・ピルグリムはこの説のばかばかしさを証明した。そして...

CNNのキャスター、ルー・ドブス:多くの疑問が残っています。この問題は消えないでしょう。まだ疑いがあるからです。

ジョン:あんた、CNNも見てないの?!自分の局じゃないか!キティ・ピルグリムはあんたの番組に代理キャスターとして出てたんじゃないか!あんたの番組に、あんたの代理で出演して、その説は根拠がないと証明したじゃないか!

...当時のハワイの地方新聞が、誕生の告知広告を出しているのに...待てよ!わかったぞ!バラク・オバマは「ケニア王子の誕生告知詐欺」なんだ!(※)

陰謀はこうだ。アメリカを内側から滅ぼしたい。でも、出来ない...外国人だから。だから、まず、一緒に子供を作ってくれるアメリカ人を見つける。次に、その人と子供を生む...外国の国土で!そして同時に、その子供の誕生告知を、アメリカの辺境の州の地方新聞に載せる。ほら、ハワイとか、アラスカとか...ペンシルヴェニアとかだね。そして...待つ。その赤ん坊が中年の男になるまで。罠は仕掛けられた!あとはのんびりと、その子供が育って...アメリカの大統領選挙に勝つのを待つだけだ!そうしたら、あとはその操り人形の子供と一緒に、憎きアメリカを滅ぼすだけだ。おお、なんて簡単なんだ!

実際、笑える話だよね。まともな人なら相手にしない話だ。

クリス・マシューズ:共和党議員のグループが、大統領候補に出生証明書を提出することを義務づける法案を提出しようとしています。そのひとり、カリフォルニア州のジョン・キャンベルに話を聞きましょう。議員、あなたはオバマ大統領が正当なアメリカ生まれのアメリカ人であることを信じているのですか、いないのですか?

キャンベル議員:この法案はそういう問題では...

マシューズ:あなた自身はどう思っているんですか。

キャンベル議員:私にわかる範囲では、そう思っています。

ジョン:「私にわかる範囲では」?疑惑を表面上は否定しつつ、実は疑っていると目くばせを送るにはもってこいの表現だね。ぼくにわかる範囲では、キャンベル議員は麻薬王から政治献金を受けたりしていないと思うね。ぼくにわかる範囲では、そんな事実はない。キャンベル議員が、地元のサービスエリアの男子トイレで1回1ドルのご奉仕バイトをしているなんて、信じる理由はない。ただ、もしこの次そういうことがあったら、こいつを捕まえられるように法案を提出しているだけだよ。

陰謀説を信じる人に証拠や事実を示して説得しようとするのはおよそムダで、世の中にはどんなに証拠を示しても「世界は6000年前に6日間で作られた」とか「進化論はウソ」とか「地球は温暖化などしていない」とか「貿易センタービルは飛行機が衝突したのではなくユダヤ人が爆破した」とか、信じて疑わない人もいるのだから、このぐらいで驚いていちゃいけないのかもしれないけどね。

言うまでもないことですが、オバマさんが白人だったら、こんな話は出てこないのでしょう。

オバマさんは、父がケニア出身で、ハワイ生まれで、少年時代を(米軍基地以外の)外国で過ごし、(ヨーロッパ以外の)外国の文化に触れて育ち、親戚にはアジア系もイスラム教徒もいて、なんとパキスタン料理も作れる(笑)、という「ダイバーシティ(多様性)の申し子」のような人で、私なんかは新しい時代のリーダーにふさわしいと思うのですが、それが気に入らない人もいるんでしょう。

「黒人だから」っていうストレートな人種差別(racism)より、こういう外国人恐怖症(xenophobia)のほうがやっかいなんだよね。

もちろん、birthersは一部の極端な人々で、共和党支持者がみんなこんなにクレージーなわけじゃないとは思いますけどね。タブン…

でも、このセグメントに出てきたルー・ドブスみたいに、CNNで自分の番組を持っている有名な「ニュースキャスター」が、あらゆる証拠を無視して堂々とこの説を唱えているように…近頃とみに、「笑って無視すべきクレージーな陰謀説」と、「両方の言い分を聞くべきまともな政治争点」の区別のつかない人が増えているような気がするのが、なんとなく怖いところなのです。日本もひとごとじゃない気がするし。

インターネットの影響ももちろんあるのでしょうけど、アメリカでは、24時間ニュースチャンネルが、視聴率の稼げるセンセーショナルなネタ欲しさに、こういうのをまともに取り上げるのが良くないのではないかとも言われています。日本には24時間ニュースチャンネルはないけど、出版業界は昔からこんな感じですよね。「トンデモ本」と呼ばれるジャンル(?)が幅を利かせているぐらいで。

こういう馬鹿げた話をメディアが取り上げるのがよくないっていう意味では、デイリーショーにも取り上げて欲しくなかった…という意見もあるのですけど。でも、ニュースチャンネルが妙な取り上げ方をしている以上、それを痛烈に笑い飛ばすのがデイリーショーのお仕事ですから。

※「ケニアの王子」:一時流行したSPAM詐欺メール「ナイジェリアの王子」のもじり。私ももらったことがあります(笑)。大雑把に言うと内容は、「私はナイジェリアの王子だが、母国にクーデターが勃発して亡命しなければならない、しかし外国の銀行口座を凍結されてしまって財産を移せない。是非、あなたの銀行口座を教えてほしい。教えてくれれば、そこに私の莫大な財産を振り込ませていただく。もちろんお礼としてその一割を差し上げる」というもの。ひっかかった人いるのかなあ?

ちなみに、「コルベア・レポー(ト)」の『スティーブン』はこのナイジェリアの王子を信じていて、今でも振込みを待っているそうです(笑)。