ブロードウェイ・ミュージカル鑑賞記 Avenue Q(その1)

帰国して一ヵ月半も経ったので、もう「旅行記」もないだろうということでタイトルをちょっと変えましたが、「Jersey Boys」以外のミュージカルのことを書いていなかったので、ちょっとだけ。

今回ブロードウェイで見た6本のミュージカルの中で、「Jersey Boys」の次に気に入ったのがこの「アベニューQ(Avenue Q)」なのです。

2004年のトニー賞受賞作と、ちょっと古いのですが、ずっと見たいと思っていたんですよ。期待にたがわず、面白かった〜♪

アメリカのコメディ、特にシットコム好きな人なら、絶対気にいると思います。あと「セサミ・ストリート」が好きだった(今でも好きな)大人なら。

このミュージカルは、今回見た6本の中では一番客層が若くて(ファミリー向けの「リトル・マーメイド」は別として)、白人以外比率も比較的高かったような。

このミュージカルは、大学出たばかりの、スキルなし金なし職なし人生の目的なしの青年の悩みを描いた爆笑コメディですが、ユニークなのは、「セサミストリート」の世界観(?)をベースにしていることです。

つまり、人形(マペット)と人間が、何の説明もなくフツーに共存しているだけではなく、マペットたちは「普通の人間型マペット」と「モンスター」に分かれているのです。

「人間型マペット」と「モンスター」の違いは、「モンスター」は毛皮に覆われていることです。セサミストリートでいえば、クッキー・モンスターやエルモやオスカーですね。このミュージカルでは、「ケイト・モンスター」という女の子のモンスターと、「トリッキー・モンスター」という、クッキー・モンスター風のモンスターが登場します。(ただし、彼がハマっているのはクッキーならぬインターネットのポルノ。)

「人間型マペット」では、(一応)主人公の悩める青年プリンストン、銀行員で共和党員で隠れゲイのロッド(「セサミ」でいうとバート)、そのルームメイトで呑気なノンケのニッキー(「セサミ」でいうとアーニー)、恋に落ちるプリンストンとケイト・モンスターの仲を邪魔するセクシー悪女の「アバズレのルーシー(Lucy the Slut)」(「セサミ」には該当キャラなし)。

後半でルーシーがとっても不運な事故に遭って入院した時、病院のカルテの名前が「Slut, Lucy the」となっていたのには笑いました。theはミドルネームだったんか!

マペットでなく人間がそのまま演じるキャラは、売れないコメディアンのブライアン、その恋人で日本人の「クリスマス・イブ」(なんでこんな名前なのかは不明)、元テレビの人気子役スターだけど、稼いだ金は全部家族に取られてしまって一文無しで、今はしがないアパート管理人のゲイリーの3人。

ゲイリーは「ゲイリー・コールマン」、実在のテレビ子役スターです。もちろん、本人が演じているわけじゃないけど。というか、「子役っぽさ」を出すためか女性が演じているんですけど。(役としては男です。)

彼が出ていた「Different Strokes」というシットコムは、日本では「アーノルド坊やは人気者」という題で放映されていたようですね。私は見たことないんですが。(題名の「アーノルド坊や」がゲイリー・コールマンです。)

アベニューQの住人は、登場していきなり「It Sucks To Be Me」(私の人生、サイテー!)という歌をみんなで合唱するほど、程度の差はあれそれぞれ現状に不満な人々なんですが、そんな住人たちが全員一致で「It sucks to be you! You win!」(あんたの人生が一番最低!あんたの勝ち!)と認めるほど恵まれない人生を送っているのがゲイリーなんですが...


このウィキペディアの「ゲイリー・コールマンのその後」を読むと、もしかして、本当にこのミュージカルみたいにアベニューQのアパート管理人になっていたら、その方がよかったんじゃないか…とか思えるほどです(涙)。

ちょっと話がそれました。

さて、このマペットではなくて人間がそのまま演じるキャラというのは、「セサミ・ストリート」においては、「子供キャラ」であるマペットたちに対して、いろんなことを教えてくれる「大人」という位置づけのキャラクターなんだと思います。(クッキー・モンスターやオスカーやバート&アーニーが「子供」かと言われると、それはちょい微妙なんですが…)あるいは逆に、外の世界から「セサミ・ストリート」にやって来て、住人たちから何かを学んでゆく子供たちとか。

でも、「アベニューQ」では、登場人物は全員が20〜30代の若者だし、みんな「アベニューQ」の住人なんですよね。だから、マペットと人間の区別には何か意味があるのか、と考えてみたのですが…

合っているかどうかわからないのですが、唯一浮かんだ考えは、ブライアンはユダヤ人、クリスマス・イブは日本人、ゲイリーは黒人だということです。一方、「モンスター」じゃないマペットプリンストン、ロッド、ニッキー、ルーシーは白人っぽい。(正確に言えば、ブライアンは人種的には「白人」なんですが…まああんまり細かいことを言わないで。)

このミュージカル、実は人種の問題を非常〜にうまく扱っているんですよね。マペットという人種のアイマイな存在と、「モンスター」という架空の「なんだかよくわかんないけどとにかく少数派で差別される存在」を入れてぐちゃぐちゃにしていることで、かえって「白人が非白人を差別している」という単純な二元論ではなくなっている現在の人種問題の状況にうまく突っ込んでいると思います。

プリンストン(”マペット”)、ケイト(”モンスター”)、ゲイリー(黒人)、ブライアン(ユダヤ人/白人)、クリスマス・イブ(日本人/アジア系/アメリカ生まれじゃない移民)がコーラスする「誰でもちょっとは差別的(Everybody's a Little Bit Racist)」という歌は、シビアなようでいて、私にとってはなぜか、心の底から安堵を与えてくれる歌だったのです。

♪誰でもちょっとはレイシスト(人種差別的)、時々はね
差別犯罪したりするわけじゃないけど
本当のことを言えば、人種をまったく意識しない人なんかいないよね
誰でも人種で人を判断することはあるんだよ

プリンストン:もちろん、誰を雇うかとか、誰から新聞を買うかとか、重要な判断じゃないよ。ただ、「あのメキシコ人のウェイター、ちょっとは英語を覚えろ!」と思うようなことだよ。

♪人種ジョークは悪趣味だけど、笑えるのは事実に基づいているからだよ
個人攻撃だと思わないで
誰でも楽しんでいるんだから、まあ落ち着いて!

(中略)

クリスマス・イブ:ブライアン!早く「リサイクラブル」(<RとLの発音ぐちゃぐちゃで)のゴミを出してよ!

プリンストン:何て言ったの?

ブライアン:Recyclables(リサイクル可)だよ。…笑うなよ!みんな外国語は喋れないだろ?

ケイト:気にしないで、ブライアン!誰でもちょっとは人種差別的なのよ。

ブライアン:ぼくは違うよ!「オリエンタル(東洋人)」の妻がいるなんて僕だけだろう?

クリスマス・イブ:何?ブライアン!

プリンストン:ブライアンったら、遅れてるなあ。今は「アジア系アメリカ人」って言うんだよ。

クリスマス・イブ:悪気がないのは分かるけど、私を「オリエンタル」なんて呼ぶのは失礼よ!

ブライアン:ごめんよハニー、愛してるよ。

クリスマス・イブ:私も愛してるよ。

ブライアン:でも、君もレイシストだよね。

クリスマス・イブ:うん。分かってる。♪ユダヤ人は金を独占、白人は権力を独占!私がタクシーに乗ると、いっつもシャワーを浴びない運転手に当たる!

プリンストン:ぼくも!

ケイト・モンスター:私もよ!

ゲイリー:おれなんか、タクシーに乗る金もねえよ!

♪誰でもちょっとはレイシスト、たしかにね
でも、それはお互いさまってやつだよ
みんな、ガチガチのPC(政治的に正しい)をやめて
「自分もちょっとはレイシスト」ってことを認めたら
仲良くやっていけるんじゃないの?

「差別してもいい」っていう歌じゃないのよ、念のため。むしろ、自分に差別的なところが「ちょっぴり」はあるからと言って、差別に対して文句を言う資格がなくなるわけじゃない、という歌なの。

みんな差別主義者だと思われるのが嫌だから、ちょっとした差別心を指摘されると(人種差別でも男女差別でもゲイ差別でも)妙に防衛的になって、「これは差別じゃない、なぜなら...」と理屈をつけたり、「これが差別だと思うあんたの方がおかしい」となったり、「あんたこそ差別的じゃないか」となったり、つまり、相手を否定するパターンに陥りがちだけど、それじゃあキリがないから、むしろ「そうね、私もちょっぴり差別的かもね。でもそれはお互いさま」と笑い飛ばして、『ちょっぴり』じゃ済まないような差別を一緒になくしてゆくことはできないかな?という歌...だと思う。

ああ、なんか思ったことをダラダラ書いていたら長くなってしまった。「私はクリスマス・イブが好き!」ということを書きたかったのですけどね。それは次回に。