JUNO(ジュノ)☆☆☆☆

16歳の女の子がうっかり妊娠してからの、彼女と周囲の人々の9ヶ月の歩みを描いた映画。お話としてはシンプルそのものなのに、たまらなく魅力的な、愛すべき映画だ。それは主人公のジュノが、愛さずにいられないような女の子だから。

どこが愛すべきかというと、一言でいえばクールなところですね。冷静で、自分を突き放して客観的見ることができる頭の良さがあって、辛辣なユーモアのセンスを忘れない。それでいて16歳らしく純粋なところもあり、なんとか正しいことをしようとしている。しっかりしているようでいてまだまだ子供だけど、それをちゃんと自分で素直に認めている。(「パパ、私の成熟レベルでは対処できない問題が起こったの。」

もちろん、ちゃんと避妊しなかったのは無責任な行動だろうけど、一度の失敗でその人の全部を裁いてしまわない優しさがこの映画にはあるのだ。

ジュノの両親もクールだ。お父さん役は、なんと「OZ」のシリンガーことJKシモンズ。これが本当にいいお父さんで…「サンキュー・スモーキング」の時「あの顔ではいい人役は無理」なんて書いたけど、私が間違っていました。反省してます(笑)。

あ、ここで言う「クール」っていうのは、格好いいってことじゃなくて、役に立たない理不尽な言動で主人公やまわりの人々(および観客)をイライラさせない、っていうことです、おもに。

<以下ネタバレ気味>

赤ん坊を養子に出すことにしたジュノ、手回しよく新聞の養子募集記事で子供を欲しがっている夫婦を見つけ、父親同伴で会いに行きます。(「今はシーモンキーみたいだけど、もうちょっと可愛くなってから配達するから。」

養親は金持ちで知的で、絵に描いたような理想的夫婦。それはそれは熱烈に子供を欲しがっていて、最初は何もかもスムースに行くと思われた養子縁組ですが…

ジュノが大きなおなかを抱えて学校に通ううち、同年齢の子たちの子供っぽさにうんざりして、養親夫婦の夫の方の「大人さ」に憧れはじめてヤバい雰囲気になったり…その夫が実は見かけほど「大人」じゃないことが判明したり…

そしてジュノは、たとえ絵に描いたような理想でなくても…ありきたりな表現ですがつまりは、「愛があれば大丈夫」ということを学んでゆくのでした。

<以下、ちょっとズレますが、この映画から連想した、個人的考え>

アメリカでは、「州や市が独自に同性同士の結婚を合法化することを国が憲法で禁じるべきか」ということがひとつの政治論点になっています。現ブッシュ政権は「禁じるべき」という立場です。(ちなみに、この改憲の最大の推進派の一人であるチェイニー副大統領の娘が同性のパートナーと子供を持っている、という皮肉で面白い話もあるのですけど…)

「いろんな形の家族があり得るし、それが標準から外れていても子供を幸せに育てることはできる」というのがリベラル派の言い分、「いや、普通に父親と母親がいる標準的家庭が子供には一番だ」というのが保守派の言い分であるわけです。私個人としては、もちろん前者の意見に賛成なわけですが…まあこれはアメリカの話。

日本はどうか…と考えると、そもそもこんなことが問題になるレベルじゃない気がする。だいたい、結婚というものの意味が違いますから。あちらでは結婚とは「家族や友人の前で永遠の愛を誓う」という意味ですから、ゲイの人だってそうしたいと思うことは自然なのですけど…

日本では…夫婦別姓とか不妊治療の扱いとか離婚後300日の規定とか、もろもろ考えると、日本で言う「結婚・家族の価値」というものは夫婦や子供の幸せより、まずは家名と血統(<特に日本人の・父親側の血)の存続にあるらしいので…ゲイの人にとってはもちろん、現代では多くのストレートの人にとっても、求めるべきものとはそもそもがズレた概念なのだと思います。

まあ、それが少子化の原因とまでは言いませんがね。(個人的には、最大の原因は若い男性が忙しすぎることにあると思う…)