【映画感想】シングルマン ☆☆☆☆

(あらすじ)1962年。カリフォルニアの大学で教鞭を執る英国人の文学教授ジョージは、16年間連れ添った恋人ジムの事故死から立ち直れないでいた。ある日彼は、静かに念入りに、身辺の整理を始める。

はじめは、私は軽薄だから、あまりに素敵な1960年代のインテリアや男性ファッションについ見惚れて、ストーリーから気がそれてしまう、と思っていた。

でも、見終わってみると、そのファッションやインテリアこそが、ストーリーを雄弁に語っていたのだと気づく。

彼の家は、16年間、恋人と二人で作り上げてきたものなのだろう。カーテンの色、カーペットの色、家具、飾ってある小物のひとつひとつを二人で選んで。服も、お互いのものを見立て合ったり、プレゼントを交換したり。恋人の趣味が良いことを喜び、互いのセンスがぴったり合っていることに感嘆しながら...

二人で念入りに作り上げた心地よく素敵なライフスタイルの中に、ひとり取り残された男。その完璧な美しさが、じわじわと彼を殺してゆく。

一緒に飼っていた(恋人と一緒に交通事故で死んでしまった)犬と同じ種類の犬を通りすがりに見かけ、飼い主がけげんな顔をするのもかまわず、愛しげに抱きしめるシーンが、たまらない。

1962年という時代設定にも意味がある。社会的地位のある彼には、男性の恋人の死を、まだ公に嘆くこともできない。そのことは明らかに大きな影を落としている。またちょうどキューバ危機で、アメリカ人の多くが「すぐにも核戦争が起こるかもしれない」とかなり本気で心配していた時代。「死」が、空気の中に満ちている。

意識するかしないかは別にして、人間は誰でもみんな「死に向かって」生きていると言えるわけだけど、この映画はとりわけ濃密に、「死に向かう生」が意識されている。なのに不思議と暗くない。...いやまあホントは暗いけど、見ていて辛くはない。悲しい話なのだけど、主人公がどっちに向かうにせよ「解放」に向かっていると感じられるからかな。