オーブリー・マチュリン「21」(その2)

クリスティーン・ウッドはシエラレオネ総督の未亡人で、20巻でスティーブンがプロポーズした女性です。その時ははっきりした返事をもらえなかったのですが、後でスティーブンがチリで受け取った手紙で、彼女がスティーブンの提案を受け入れてジャックのところに滞在して、スティーブンの娘のブリジッドちゃんとも仲良くなっていることが判明し、これは大いに脈ありではないか...というところで20巻は終わっています。

20巻と「21」の間では、サプライズ号が手紙を受け取った様子はないので、この件は20巻の状況のままのようですね。

ティーブンはクリスティーンへの手紙に、サプライズ号の今までの航海の様子を書こうとしているようですが、ジャックと違ってスティーブンはこういう何でもない手紙を書くのが苦手のようです。諜報員として、秘密主義が身に着いちゃっているんですね〜。

なので、初期の巻でオブライアンさんがよく使っていた「ジャックのソフィーへの手紙で今までの出来事を説明してしまう」という手は、スティーブンの手紙ではどうもいまいち上手くいかないようで、このあたり、手紙に書いたんだか書かないんだかはっきりしない出来事が、スティーブンのstream of consciousness(意識の流れ)風に記述されているのですけど。

とにかく、バルパライソを離れてからマゼラン海峡までのサプライズ号の航海は、天候に恵まれた非常に気持ちのよいものだった、ということのようです。

かわいいのは、サプライズ号のクルーの全員が、われらがキャプテンが青色艦隊少将に昇進するということを知っていて、すでに青いrear admiralの旗を縫いあげて大事にしていて、しかもクルーの全員が愛情をこめて一針づつ参加したってことですね。

ジャック・オーブリーが少将になると言っても、サプライズ号はもう英国海軍に所属しているわけじゃなく、現在はチリの任務のために海軍に雇用された艦という身分だけど、ジャックが旗艦に赴任した時点で一民間船に戻る身なので、艦隊に参加できるわけじゃないのですけどね。クルーの一部はジャックについて旗艦に行くのでしょうけど、残りのサプライズ号クルーたちにとっては、艦長の昇進はお別れを意味するのですけどね。それでも、「われらがキャプテン」がflag officer(将官)になったことを心から喜んでいるサプライズたちは、ほんとにいい連中です。

さて、この1章はじめのところで、スティーブンの外見に関する文章が出てくるのですが、それが興味深かったので引用します。

「彼は痩せた、中背の男で、目立った特徴はなく、カタロニアとアイルランドの混血であるが、濃く日焼けしたその顔色は熱帯の太陽のたまものであり、ムーア人北アフリカイスラム教徒)の血が混じっているからではない。彼は私生児だが(それは彼の重荷となっていた)、彼の先祖は有史以来キリスト教徒であった。年齢は40より少し前だが、年上に見える...」

えーと、まず「中背(middle-sized)」というこれですね。

今まで、スティーブンはどちらかというと「小柄(little)」と表現されることの方が多くて、「中背」と書かれたのはこれが初めてのような気がします。なので、ちょっと「あれ?」と思ったのですが。

しかし、です。彼の身長は7巻で「5フィート6インチ(168cm)」と明記されています。最近、まるっきり関係ない別方面のことでたまたま知ったのですが...この身長って、当時としては平均ぐらいで、決して「小柄」とは言えないそうですね。イングランド人に混じっていればどちらかといえば小柄かもしれませんが、南欧では普通か、むしろ高い方だったのではないかと。だから、「中背」という表現の方が正しいのですが...今までのイメージが。

ナポレオンは「背が低かった」とされ、今でも欧米では背の低い男性がコンプレックスから権力欲が強かったり、攻撃的だったりすることを「ナポレオン・コンプレックス」と呼ぶようです。でも、ナポレオンって本当は168〜170cmぐらいで、当時のフランス人(コルシカ人)としては平均ぐらいだったそうです。

それなのに背が低いイメージが強いのは、当時のイギリスの風刺漫画で、ことさら小さく描かれていたイメージが影響しているのではないかということでした。イギリスとしては敵だから卑小に描きたいでしょうし、それに、当時は今よりさらに、イギリス人(アングロサクソン系)と南欧人(ラテン系)の身長差って大きかったのではないかと。2巻の例のフローラのところ(笑)でも、ジャックのような「金髪で身長6フィートの英国人が南フランスにいたら塔のように目立ってしまう」とか書かれていましたものね。

で、なんでこんなことを知ったかというと...先日のデイリーショーで、ジョン・スチュワート(170cm)が、番組でおちょくった24時間ニュース局のキャスターに「彼は怒りを抱えている、『ナポレオン・コンプレックス』だ」と悪口を言われて、それじゃあってんでナポレオンの扮装をして馬(ほんとはポニー)に乗った、という抱腹絶倒のセグメントがあったのです。いやすみませんまたこの話で

とにかく。スティーブン・マチュリン、ナポレオン、ジョン・スチュワートは、19世紀のヨーロッパの基準では全員「中背」ということで間違いないと思います。仇敵だったナポレオンと一緒にされたら、スティーブンは怒るでしょうけど(笑)。