9/11 Again (その4)

ぼくの嘆きは黙従することではないから

〜2007年8月15日、ジョン・スチュワート

ジョン・ギブソンの放送が実際にあったのは去年の8/10ですが、それがネットで報じられて世間の注目を集めたのは8/13の夜。前回書いたキース・オルバーマンの番組があったのは8/14の夜のことでした。

その8/14にも、翌日の8/15にも「The Daily Show」の放送はあったのですが、この件はとくに言及されず、いつもの楽しい番組をやっていました。(民主党の大統領候補たちがゲイ向けのケーブルテレビに出演して、「いかにして保守寄りの人を敵に回さずにゲイ票を獲得するか」の微妙な綱渡りをしている様子をゴルフに例えておちょくったり、ゲストで来た旧友のコメディアンとユダヤ系の野球選手の話で盛り上がったり…)

しかし…8/15のゲストはたまたま、ディック・チェイニー副大統領の公認伝記本の著者、スティーブン・ヘイズでした。「公認」というぐらいだから、チェイニー自身が承認した、つまり基本的に彼を褒め称えている伝記のようです。

http://www.crooksandliars.com/2007/08/16/jon-stewart-grills-cheney-biographer-stephen-hayes-calls-out-john-gibson-too/

(これもなぜかコメディ・セントラルの公式サイトになかったので、また「Crooks and Liars」からどうぞ。画像を見るには「download」または「play」をクリックして下さい。)

以下、長めに訳しました。前後の話の流れを書かないと、なぜジョンがこのインタビューでギブソンのことに言及したのか…それが全体の話にどうかかわっているのかが分からないと思うので。

スチュワート:ディック・チェイニーに関して、ぼくが分からないのはこういうことなんです。あなたの本と関係しているところです。彼は率直で、理性的で、有能なリーダーということになっている。しかし、彼の公式な発言はことごとく、後で間違っていると判明している。この二つを、どうつじつまを合わせたらいいのか…あなたがインタビューして、舞台裏で活躍する非常に力強く賢く堅実な人間として書いた男と、実際にわれわれに、アメリカ国民に語りかけていた、何も分かっていないような男と?

ヘイズ:まあ、それは、彼があまり表に出ないことの弊害と言えるでしょうね。彼が間違ったことを言うと、注目を浴びやすい。あまり喋らないと、言ったことに注目が集まります。彼があまり表に出ないので、間違いが注目されてしまう。

スチュワート:それにしても多すぎますよ。例えば、1994年のビデオで、彼は「バグダッドに侵攻するのは間違っている、混乱状態になるだろう。」と言っています。これは正しかったんじゃないですか?しかし、後で(イラク戦争前に)出てきた時、彼は「アメリカ軍は解放者として迎えられるだろう、戦闘は長くとも数週間で終わるだろう」と言っています。これは間違っていた。説明して下さい。

ヘイズ:まあ…私も本の中に、彼が1992年と1996年に行ったスピーチを書いていて、そこでは彼は1994年に言ったのと同じようなことを言っています。(言うことが変わった)理由は…9/11後は事情が変わった、ということではないでしょうか。

スチュワート:9/11の後も、時空の法則が変わったわけじゃないでしょう。「事情が変わった」と言うけれど、「(イラクが)混乱状態になる」という事実は変わりましたか?

ヘイズ:まあ…「混乱状態にはならない」とはっきり言ったわけじゃないでしょう。ただ、9/11の後では、サダム・フセインの脅威が本質的に変わったということです。フセインのテロリストとの関係や、我々があると思っていた大量破壊兵器や…脅威が、放置できないレベルに上がったということです。

スチュワート:仮に、「放置できないレベル」だったとして…チェイニーがそれを「放置できないレベルの脅威」だと思ったとしましょう。明らかに、1994年のディック・チェイニーは、ありとあらゆる混乱が起こることを予想していた。しかし、2002〜2003年(イラク開戦直前)のディック・チェイニーは、その混乱に備えていなかったように思える。だから、どうして…2002〜2003年のディック・チェイニーは、なぜ94年のディック・チェイニーを憶えていなかったんですか?頭痛がします。ぼくの言っていることがわかりますか?

ヘイズ:ええ、わかってます。

スチュワート:彼らの論拠はいつもそれだ。「9/11が全てを変えた!」でも、この事実は変わっていないでしょう?違いますか?

ヘイズ:まあ、変わっていないという批判もあるでしょうが、おそらく彼の考えは…もしイラク侵攻が、サダムを倒した後の戦後イラクにおいてずっと困難な状況になるにしても、その価値はあると…サダム・フセインは放置できない脅威でしたから。

スチュワート:「放置できない脅威」は分かりましたよ。ぼくが言いたいのは…どうして、2002〜2003年のディック・チェイニーはアメリカ国民に、「混乱状態になるだろう。もっと前に侵攻しなかった理由は、問題があると知っていたからだ」と言わなかったのですか?政府はそうは言わなかった。政府の人間が入れ替わり立ち代り現れて、「あー、100万ドルぐらいで済みますから。1週間以内で終わりますよ〜。」

ヘイズ:まあ、彼らがそう言ったかどうかは…

スチュワート:入れ替わり立ち代り現れて…つまり、人々が苦しんでいる理由は…

ヘイズ:ええ。

スチュワート:つまり、彼らが感じていることは…

ヘイズ:つまり、はっきりその通りのことを言ったかどうかはわからないのですが…つまり…私が彼(チェイニー)をインタビューした時には…

スチュワート:まあ、ぼくは変なアクセントで大げさに言いましたけどね。でも、政府の論点の中心は、問題は起こらないということだったはずです。

ヘイズ:ええ、私がインタビューした時、興味深かったのは、つまり彼は…あなたが番組で何度も何度も指摘している通り、彼は過ちを認めたがらない人間です。しかし彼は、「我々は困難を過小評価していた」と言いました。それに連合国暫定当局イラクを占領統治する暫定行政機構)に対しても、戦後イラクへの対応は間違っていたと言っています。

スチュワート:それなら、「テロとの戦争」の戦略を疑問視する他の人々を馬鹿扱いするのはやめてくれませんか。【観客拍手】他の人々の感情を…いや、あなたのことじゃなくて、政府のことを言っているんですが。

ヘイズ:わかります。

スチュワート:政府はあらゆる手を使って、反対する人を卑小に見せようとしていると思います。彼(チェイニー)は、文字通りこう言いました-「我々(共和党)に投票しないなら、また(アメリカはテロリストに)攻撃されるかもしれない。」そういうことが…あなたの描く堅実なリーダー像と、ぼくが見てきた恐怖をあおる、あまり賢くない男は、同一人物とは思えないのです。

ヘイズ:ええ、その、いいえ…つまり、それがこの論議の、2001年以来ずっとやってきた政治論議の本質はそれじゃないんですか?

スチュワート:いいえ。政府は、我々がこの戦争の本質を分かっていないと言い続けている。評論家は、戦争の本質はわかっているが、やり方が間違っていると言います。

ヘイズ:そうですか。それではどうして…どこが違うのですか?

スチュワート:違いは、こちらは彼らを非国民と呼んだりしないことですよ。

ヘイズ:この政権の誰も、人を非国民だと呼んだりしていませんよ。【観客から激しい抗議の声】いつ呼びました?真面目な話、一体いつそういう風に呼んだと言うんです?(※1)

スチュワート:はっきり言わせてください。この国には自分の愛国心を疑われているという実感が、たしかにあるのです。それも、高い地位にある人々によってです。取るに足らない人にではない。ぼく自身、FOXのある阿呆が9月11日直後のぼくの、非常に動揺しているテープを流して、ぼくを「ニセモノ」と呼んだ…

ヘイズ:ええ。

スチュワート:…それは、どうやら、ぼくの嘆きが黙従することを意味しないかららしい。ですから、これはフェアな言い方だと思うのですが…

ヘイズ:ええ、それはもっともだと思います。人の愛国心を疑ったりすべきじゃない。一方で、テロとの戦争にどのように対処すべきかについては、いろいろな意見を交わすのは道理にかなったことだと思います。

スチュワート:その通りです。

ヘイズ:そして政府がその主張を明確にすることも。

スチュワート:もし政府が、彼らの主張を明確にしたいのなら…はっきり言いますが、フェアな論議をして合意を得て前に進むべきでしょう。彼らはそれをやっていない。やっていないというひとつの証拠が、チェイニーは1994年に表明している通り、問題が起こるだろうということを知っていた、それなのに戦争直前には一度もそれを持ち出していないのです。

もう時間がないんですが…とにかく、いらしてくれて感謝しています。こんな話にするつもりはなかったんですが…チェイニーについて400ページも読んだ後では、頭がちょっとこう…ね(笑)「チェイニー」は発売中です。スティーブン・へイズさんでした。

…と、こういう流れでこの話は出てきたのでした。

もしこのタイミングでこのインタビューがなくて、ヘイズ氏が「9/11後は事情が変わった」という例の怪しいお題目を持ち出していなければ、多分ジョンはギブソンの一件に言及することは一切なかったと思われます。「ほとんど偶然のなりゆき」と書いたのはそういう意味でして。

「9/11後は事情が変わった」というコレですが…ジョンは「仮にチェイニーがそう思ったとして…」と、一歩譲った言い方をしているけれど、フセインと9/11が「関係ある」とアメリカ政府が本気で信じていたなんて、到底信じられない。だから、「事情が変わった」というのはつまり、「今なら国民は悲劇に目をくらまされているから、たいがいの無理は押し通せる」という、その「事情」じゃないかと思ってしまうのです。

つまり、国に何か悲劇が起こった時…それが大変なことであるほど、人は感情をゆさぶられ、自分の利益を忘れて全体に協力したくなる。それは気高い心ではあるけれど、「団結」の名のもとにそれを利用して、他の時ならできないような無茶を通そうとする人が必ずいる。異を唱える人を「非国民」などと呼ぶことは、論理的に考えれば無茶苦茶なんだけど、悲しいことにそういう時には効果抜群だということは、この件で立証されてしまっているし。

私はアメリカ人じゃないけど、9/11の起こった当初は心揺さぶられて、アメリカに協力したいという気持ちにもなりましたけど…割と早い段階で、「我々の味方をしない者は皆テロリストの味方」というブッシュ大統領の一言でいっぺんに醒めましたけどね。(「テロとの戦争」をどう考えるか以前の問題として…協力しようかっていう外国に対して、すごい失礼な言い草だと思いません?)

2007年のこの段階ではアメリカ人もだいぶん醒めて、「9/11」の神通力が効かなくなっていたので、それで「もういちど9/11が起こればアメリカを団結させる」なんていう発想が出てくるんでしょう。ギブソンは軽率な阿呆かもしれないけれど、アホであるだけに、他の人がさすがにマズいと思って隠している本音(?)をポロっと出してしまうという意味では…存在価値があるのかもしれない(笑)。

共和党大会で上映された9/11の「トリビュート」フィルム(※2)を見ると…まだまだ利用する気満点みたいですけどね、かれらは。

ちょっと話がそれましたが…

「ぼくの嘆きは黙従することではないから」(because, apparently, my grief didn't mean acquiescence)というジョンのひとことに、ああ、これはつまりそいういうことだったのか、と思ったのでした。前回書いたファンの怒りも、キース・オルバーマンの怒りも、それぞれにもっともだし正しいのだけど、本当を言うと肝心な点を外していた。嘆くことと感情に理性を曇らされることは別、無私になることと黙従することは別だという。感情を揺さぶられるような悲劇があった時こそ、黙従に誘い込まれないようにしっかり自分をしっかり持つことが大事なのだという。

コトの本質をわからせてくれたのは、やっぱりジョン本人だったという話。

…と、真面目なことを書いた後、急にファンモードに戻りますね(笑)。

実を言うと、ジョンの「FOXのある阿呆が(some idiot from FOX)」という言い方には、ちょっとしびれたのですが(笑)…

それでも、あ〜、あの愚にもつかない放送をジョン本人も聞いちゃったんだな、そしてそれを聞いて、全然平気ってわけじゃなかったんだな…と思うと、ちょっと胸が痛むし、改めてまたギブソンに対して頭にきたりしたのでした。

※1 はっきり非国民(traitor)という言い方はしていないかもしれないけれど、大統領や政府高官の「(我々に反対することは)テロリストを利することだ。」「(大統領のやりたいようにさせないことは)国の安全をないがしろにしている。」「(政府に反対することは)敵に武器を与えるも同然だ。」「(戦争に反対する人々は)9/11の攻撃を何とも思っていない。」などの発言なら、いくらでも例があります。

※2 共和党の9/11トリビュート:9/11そのものよりも、「アメリカがいかにテロリストに攻撃されてきたか」「それに対してアメリカが(アフガニスタンイラクで)いかに勇敢に戦っているか」という点を強調したつくりになっている。キース・オルバーマンが番組で怒ってました。