「Faces of America」その1〜「二世、昇進す」

アメリカのPBS(公共放送)で今、「Faces of America」という番組が放送中です。これは、さまざまな人種・民族的バックグラウンドを持つ有名なアメリカ人12人の先祖の、アメリカに来るまで・来てからの物語を調べ、その歴史を通じて、アメリカという国がどのように形作られてきたかを描く、というものです。

http://www.pbs.org/wnet/facesofamerica/

(番組を見るには、右側のScheduleのところから「Watch the first episode now」「Watch the second episode now」をクリック。)

実は、私の大学の専攻は「アメリカ文化」でして、シニアの時のテーマは「アメリカのエスニック(民族)・グループ」でした。だから今でも、こういう番組に興味があるのかなあ。(今になってこんなもん書くぐらいなら、大学在学中にもっと真面目に勉強せんかい!と当時の教授には怒られそうですが。ははは)

と言っても、もちろんこれに興味を持ったきっかけは、12人のひとり(アイルランド系代表)としてスティーブン・コルベアが出ているからだったのですけど。2回を見た限りでは、スティーブンのパートと、日系代表のクリスティ・ヤマグチのパートがとりわけ面白く、感動的でした。

4回シリーズのようですが、現在2回が放映済み。1回に数人ずつを取り上げるという形ではなく、毎回あるテーマに沿って、12人全員に触れてゆく、という形になっています。第1回は番組のテーマ全体の紹介、第2回は「アメリカ人になる(Becoming American)」と題して、それぞれの先祖がアメリカに来た時の経緯、アメリカで生活を確立しアメリカ市民権を取るまでの苦労を描いています。

でも、ここでは分かりやすく、12人のうちで印象に残ったところを、人別に紹介しますね。

・マリオ・バタリ Mario Batali (シェフ、イタリア系) episode1: 9:25頃〜

イタリア系代表は、イタリア料理のセレブリティ・シェフ、マリオ・バタリ氏。子供の頃に食べて「こんなに美味しいものはない」と思ったおばあちゃんのレシピを再現することに熱中し、それが嵩じてシェフになった人。

この人の先祖がアメリカに来たいきさつには、アイルランド系や日系やユダヤ系ほどのドラマチックさはないのだけど...自分の民族の文化を継いで、広めているという点で選ばれたのでしょうね。

家族の歴史を探る、というこの番組の枠組みとは矛盾するみたいだけど...この番組、特にこの人の話など見ていると、民族のアイデンティティというのは血統ではなく、土地でも国籍でもなく、文化なんだ、ということを強く感じます。血統が純粋なイタリア人じゃなくても、イタリアに住んでなくてアメリカ国籍でも、イタリア文化をとことん理解し継承していれば、それが誰よりもイタリア人だってことなんだ。日本人だって同じことだと思う。

・ヨー・ヨー・マ Yo-Yo Maチェリスト、中国系)episode1: 12:40頃〜、40:20頃〜

中国系のヨー・ヨー・マも、アメリカに移民したいきさつはそれほどドラマチックなわけじゃないけど...でも、別の意味でドラマチックかな。

というのは、ヨー・ヨー・マの両親は中国から直接じゃなく、まずフランスに移住したらしいのです。パリで、お父さんがバイオリニストで、息子はチェロを習っていて...ところが、当時アメリカに住んでいたお父さんの弟が、あまりうまくゆかないから中国に帰りたいと言い出したのです。ヨー・ヨー・マのお父さんは、何としても止めなきゃと思って、手紙や電話では埒が明かないので、直々に説得するために、一家揃ってニューヨークにやってきたそうです。

それがヨー・ヨー・マが7歳の時だから、1962年、文化大革命前夜。そんな「アメリカかぶれ」の「西洋文明に毒された」人が中国に帰国したら、どんなことになっていたか...ヨー・ヨー・マのお父さんは先見の明があったのですね。

ともかく、ニューヨークに来たら、たまたま「チェロの天才少年がいる」ってことをどっかから聞きつけた人が、ケネディ大統領とアイゼンハワー元大統領が出席するコンサートにヨー・ヨー・マを特別出演させて(7歳のヨー・ヨー・マの映像が出てきます!)、「すばらしい、ぜひアメリカの音楽学校に入れなさい」ってんで、一家でアメリカに定住したらしい。

運命のいたずらっていうか、面白いですね。政治とは関係ない音楽家であっても、歴史的背景と無関係に生きてる人なんかいないってことか...

マイク・ニコルズ Mike Nicholes (映画監督、ユダヤ系)episode1: 18:30頃〜、41:40頃〜 episode2: 9:25頃〜、29:30頃〜、43:00頃〜

アイルランド系代表がスティーブン・コルベアなら、ユダヤ系代表はジョン・スチュワートでもいいのになあ、とちょっと思ったのですが...ジョンの家系はホロコーストを逃れてきたわけじゃないからなあ。父方は第二次世界大戦前からニューヨークに住んでいたそうだし、母方は中国から移住してきたんだって。(中国にもユダヤ人のコミュニティがあったのね。)まあ、あまり典型的ではないですね。

それに比べたら、「卒業」の監督マイク・ニコルズ氏の祖父は、まずロシアを追われ、その後ドイツを逃れてきたそうで。ロシアに残った親戚は後にスターリン粛清で処刑され、ドイツに残った親戚はもちろんナチの強制収容所で死んだそうです。すさまじい...

次回に詳しく書こうと思っているスティーブンの先祖(アイルランド系)の話も合わせて...本当にアメリカって、世界の歴史の中の巨大な悲劇を命からがら逃れて来た人々で成り立っているのだなあ。

・クリスティ・ヤマグチ Kristi Yamaguchi(フィギュアスケーター、オリンピック金メダリスト、日系)episode1: 26:35頃〜、47:25頃〜

私、あまりこういうことは考えない方なのですが...クリスティ・ヤマグチのお祖父さんたちの話を聞いていて、珍しく思いましたね、「日本人ってすげー」って(笑)。

いや、別に日本人がすごいんじゃなくて、彼らがすごいんですけどね。貧困が背景にあったとはいえ、「迫害を逃れて、やむなく」というわけでもないのに、生まれ育った土地を離れて、海の向こうに移民してしまう人のエネルギー、ど根性。今と違って、当初は言葉も喋れなきゃ、行った先の情報もほとんどないのに。

いや、もしかしてそういうエネルギーを持っている人たちだからこそ、日本にいづらかったのかもしれない。

クリスティ・ヤマグチの父方の祖父は、まずハワイに移住して、農場で働いたのですが...夢を抱いて移民したのに、「聞いて天国、見て地獄」。ほとんど奴隷労働と変わらないような状態で何年も苦労した後、カリフォルニアに渡ったそうです。夢破れて、それでもなお日本に帰るのではなく、反対にカリフォルニアに向かうっていうのがすごい。意地だったのか、事情があったのかは分からないけど...とにかく「もう日本には帰れない」という思いだったのでしょう。

当時のアメリカでは、市民権を取れるのは白人と黒人だけで、アジア人は市民権を認められなかったそうです。それどころか、土地の所有も認められていなかった。それでもヤマグチさんは苦労の末なんとか生活を確立し、結婚していたのですが...真珠湾攻撃の後、ご存知のように、日系人は家族ともども強制収容所に送られました。アメリカで生まれた子供たち(例えばクリスティのお父さん)は、すでにアメリカ市民であったのにもかかわらず。

そして、日系人の「二世」たちは家族を収容所に残したままアメリカ軍のために出征し、誰よりも勇敢に戦った、というのは有名な話です。日系人だけで構成された第442連隊の話は有名ですが、クリスティの母方の祖父のドイさん(彼は二世。先ほどの話の父方の祖父は日本生まれの一世)は、この部隊ではなく、彼以外は全員白人の部隊に所属していたそうです。(写真が出てきますが、すごいハンサム。クリスティの美貌はこの祖父さんから受け継がれたんだね。)

彼もまた、「部隊で最も優秀な兵士」と讃えられ、人種差別の激しかった当時の軍隊の中では異例の昇進を遂げました。それがニューヨーク・タイムズで報道されていたのを、ゲイツ博士が見つけてきていました。記事の見出しは「二世、昇進す(Nisei promoted)」。

クリスティはその話を初めて聞いたみたいで、ゲイツ博士が持ってきた記事の切り抜きを見て涙をこぼしていました。笑い話に変わるような苦労ならともかく、本物の差別や迫害を受けた人は、あんまり子供にそれを語ったりはしない...怒りに囚われていると、先に進めなくなるから。

父方の祖父の話に戻ると...彼は終戦直後には、日本の親戚をいろいろ援助したりもしたそうです。(佐賀県の山口家の人々も取材を受けています。)そして1954年、ようやく日系人アメリカ市民権が認められたとき、いろいろ差別や不当な仕打ちを受けた国なのに、迷いなく、真っ先に申請し...人生の最後の5年間をアメリカ市民として過ごし、亡くなったそうです。

アメリカの日系人のかつての苦労の話は、もちろん今までに何度も聞いたことがあるのですが...正直に言って、こんなに素直に感動したのは初めてかもしれない。それは、クリスティが自分の祖父の話を聞くという形になっているために、個人的な感触が加わっているせいもあるのですが...何より、他の民族グループの移民たち、それぞれの苦労と並行して語られることで、ただ「日系人はこんなに苦労した」「日系人はこんなに不当な差別を受けた」と言うだけの話じゃなくて、アメリカ全体の進歩というパースペクティブの中で見ることができているからじゃないかと思います。過去の差別や苦労の話なのに、なんというか、前向きなんですよね。

アイルランド系代表のスティーブン・コルベアの話は、次回。